城や社寺、古民家など日本古来の建造物で目にする美しい白壁。竹組みの枠に土を塗り重ねた荒壁の上に、防火と美観を兼ねる化粧材として塗られている素材が漆喰だ。その一連の作業をするのが左官業だが、時代と共に職人は激減の一途だという。そんななか、漆喰の魅力と仕事の楽しさにはまっているのが、一級左官技能士で「酉越左官」を屋号とする酉越仁さん(40)だ。
酉越さんは、大和郡山市に生まれ育ったが、左官業を営む天理市の叔父から「左官になれ、食いはぐれもないぞ」と小学生の頃から言われ続けていたこともあって、中学卒業と同時に叔父の下で修業を始めた。「勉強がそれほど好きじゃなかったし、成績もね」と笑う。
20歳で大阪に出て建設業のアルバイトなどをしながらボクシングジムに通うが、足のじん帯を傷めてUターン、奈良で左官業に専念する。5年後、実技10年以上が必要な一級左官技能士試験に合格。最初はさほど好きではなかった左官業にその頃から魅力を感じ始めた。
自然素材を使った人体にも環境にも優しい漆喰、仕上がりを大きく左右する道具の「こて」のこと、個性豊かな仲間たちと仕事を介した交流など、時間がたつにつれ仕事への充実感に満たされていった。石灰と麻すさ(割れ止め)、自ら3〜4時間炊いた布海苔を混ぜて作る漆喰。全て天然素材だ。「自然の素材は、風化しても人体に悪影響を及ぼさない。土壁は建て直し時に再利用もできて自然のサイクルの循環になります」
化学糊や化学繊維を混ぜたものは、折角の漆喰の性能をストップさせる。天然の漆喰壁は、部屋の調湿性に優れ、漆喰の持つ強アルカリ性によって空気を浄化し、カビや細菌類の発生を抑える効果が知られる。「8年前に建てた我が家も、天井や内外の壁は漆喰で仕上げたのですが、家族が風邪を引きにくくなったし、もらってきても家族に移さなくなった気がしますね。今問題のコロナウイルスにもいいのでは」と。
左官業は天候に左右されるので、いくつかの現場を天気予報に従って施工、雨で動けないときは、サンプル作りやオリジナル漆喰の研究をする。大淀町に自宅を構えた関係で、2017年、吉野青年会議所に入会。「そこで学んだ”まちおこし“の一つに自分も役に立てたら」と、吉野山の桜の花びらを混ぜ込んだ地域ならではの漆喰にも挑戦中だ。地元の下渕マーケットの一角にアトリエを設け、自然素材アートの発信も企画中。
一方で左官職人の減少に歯止めをかけたいと、ワークショップなどで、漆喰画体験を試みて関心を持ってもらい、女性の左官育成にも目を向ける。「女性の感性や繊細さも仕上げに大切です。ゆくゆくは女性チームも作れたら」
取材の日は、国の重要伝統的建造物群保存地区・今井町の古民家再生現場で荒壁塗り。あらかじめ均一に割った竹を棕櫚縄で編んでおいた枠(小舞)に、稲藁を混ぜ込み3〜4か月発酵させておいた寝かし土を3人の同業仲間と一緒に手際よく塗っていく。気心の知れた仲間ならではの息の合った仕事ぶりが伝わってくる。
案内された同町内の施工例では、施主さんに感謝の念を込めて、熨斗止めに入れたという吉祥文様の「こて絵」が。慈愛と感謝の心を忘れない職人魂を見た。