茶筌の里として名高い、生駒市高山町。良質な竹が多く取れる竹の里の古民家をアトリエにする「TANTANAKUY 井上工房」。その主人、井上暁さんは、オカリナをはじめ、鳥笛、ケーナ、排簫など様々な楽器の製作、演奏活動をしている。
中学・高校と吹奏楽部に所属し、サックスを演奏していた井上さん。校門が開く時間に登校し、一人練習してから部の早朝練習に参加したり、放課後も誰よりも早く掃除を終わらせ練習したりと、ひたすらロングトーンという基礎練習をした。ある時、楽器屋でオカリナに出合い、金属楽器と異なる哀愁のこもった音色に引き込まれ、そのオカリナを吹きに吹き尽くした。これが後のオカリナ奏者に繋がっていく。
照明メーカーに就職し、デザイナーとして勤めていた井上さんは30歳の時に北海道へ一人旅に出た。阿寒湖近くのアイヌ集落の小さな土産屋で、店から流れてくる笛の音の『コンドルは飛んでいく』に誘われ、店をのぞいた。そこで演奏されていたのが南米の笛”ケーナ“だった。オカリナよりも素朴な音色は、風の音そのもののようで井上さんはすっかり魅了された。置いてあったオカリナを借りて即興参加。かけがえのないひとときを過ごした後、ケーナがオーナーの自作と知って衝撃を受けた。「どうしてもほしい」とお願いすると、竹でオーナーが作ってプレゼントしてくれた。
奈良に戻ると、すぐに自分でも作ってみることに。「京都の民芸品売り場でおもちゃの横笛を購入し、それを切って見よう見まねで作ったケーナが鳴った時は大感動! 難しいのは音階で、少しずつ音階を調整して合わせていきました。竹ぼうきや水道管、スキーのストックなど、パイプ全てが笛に見えましたね(笑)」
竹笛作りも熟練した頃、オカリナも作れるかもしれないと、陶芸に興味を持ち、京都府の相楽福祉会相楽作業所の陶芸教室へ通う。基本を習得し、薄い粘土板を筒状にする方法でのオカリナ作りに取り組んだ。「木や竹と違って正しい音階を作るのが難しい。作るそばから土が乾燥して縮み、音程が変わっていく。焼いた後も収縮して思った通りの音がなかなか出ません」と井上さん。その工程も試行錯誤を重ね、音階が安定するように。「笛が鳴る原理が分かってくると、フクロウやカッコウの鳴き声に近い笛も作れるんです。春には鳥笛を使ってウグイスと鳴き声勝負です。2月や3月は僕の方がうまいんですが、4月5月は同じくらい。さすがに6月には負けてしまいます(笑)」
井上さんは、楽器製作と別に演奏家としての一面を持つ。それが結成30年となるグループ「TANTANAKUY」だ。大阪のペルー料理の店で演奏していた近藤眞人さんとその友人青木直之さんと出会い、その場で意気投合。そこに現在プロ奏者として活動している福田大治さんが加わり、演奏活動がスタートした。
すっかり笛作りに精通した井上さんは、5年前に同高山町の茶筌伝統工芸士やガラス工芸職人と協力して、正倉院宝物の古楽器「甘竹簫」「横笛」「尺八」などの復刻にも成功。「見るだけのものだった1300年前の楽器の音色を楽しんでもらえたら」と古楽器を取り入れた演奏活動にも取り組んでいる。
趣味以上の作品にまで発展した井上工房の楽器。作る楽しみ、奏でる楽しみを広げ、より多くの人たちとの”タンタナクイ(出会い)“を生み出す。表情豊かな笛の音が楽器への親しみと笑顔をくれる。