地域ごとに異なる民俗文化があるから日本は魅力的なんです。皆が標準語を使い、生活パターンも同じだとどこを訪ねても金太郎飴みたいになってしまう」と、奈良民俗文化研究所(なみんけん)代表の鹿谷勲さん。奈良の民俗、特に祭りに関する研究の第一人者だ。
大阪生まれ、東京の大学で日本史を学び、産土の地・奈良へ戻って奈良県教育委員会に就職、奈良の庶民生活史に関心を持ち文化財保存課職員となる。折しも前年に文化財保護法が改正、体制が整い始めたときでもあった。
民俗文化財とは、衣食住、生業、信仰、年中行事等に関する風俗習慣、民俗芸能、民俗技術とそれらに用いられる衣服や器具など、庶民の生活の移り変わりがわかる有形・無形のものすべてを言う。
鹿谷さんは、その課での27年間、県下47市町村の民俗文化財の調査保存に携る。度々、祭りや行事に出向き、野神祭りや盆踊り、太鼓踊り、奈良晒等の伝統産業などを見聞しては記録保存・指定するのが仕事だった。神事や芸能など準備から直会までつぶさに見て村の長老たちの話を聞き、直会ではその座に加えてもらうこともあった。
昭和49年に開館した奈良県立民俗博物館には8年在籍。「大和郡山の祭りと行事」、モノと人間の関わりを探る「モノまんだら展」や「奈良茶碗展」、県内の写真家との連携事業として「民俗写真展」や各種民俗映像上映会等、ユニークな企画・展示を行うなど、民俗文化財への関心を集める試みを重ねる。
5年前に定年退職し、奈良民俗文化研究所を立ち上げた。奈良は史跡、古墳や仏教美術が多く、庶民のものが表に出にくかったが、日本民俗学の創始者・柳田國男に続いて奈良をフィールドとし、地道な調査研究による大きな蓄積を成した高田十郎、宮本常一、林宏ら先人も多い。その足跡をたどり、その業績を受け継ぎ、奈良の民俗への関心を高め、後進の育成、またそれが庶民の暮らしに役立てられればと思うからだ。今まで調査に協力してくれた多くの人々への感謝(還元)の意でもある。
「祭や芸能は、すべて神仏への祈りや人間の豊かな暮らしを考えた有形無形のカタチになっています。世界はグローバル化し、東京一極集中の一方で田園文化志向があるけれど、その田舎が元気をなくしていっている。民俗学が過疎化の歯止めや活性化に役立てるのでは」
現在、「日本の民俗をきく」講座を主宰、様々な分野の民俗的・古典的著作を朗読し、新しい視点で解説・紹介することで現在の暮らしや将来の在り方を考える。大学や市民講座での講師を務めながら、新聞にも記事を連載し、ホームページ「なみんけん」で広く発信中だ。
「観光重視の大きな流れの中で、庶民の生活にかかわる民俗文化財を始めとする、奈良県のいろいろな文化遺産をよい形で次世代に伝えるために努力したい」と、今日も、あるき、みて、きく。