奈良市内から車を走らせ約1時間半。曽爾高原へと向かう国道369号線沿いに突如現れる、『めだか街道』の看板。ここは奈良県東部、曽爾村にある山粕地区。かつて伊勢本街道の宿場町として栄えた小さな集落が、『めだか街道』として注目を集めている。
以前は小川や池などで見られたメダカ。絶滅危惧種に指定される一方、10年ほど前から改良メダカの生産が盛んになり、じわじわとブームが広がっている。『めだか街道』では、メダカが冬眠から目覚める3月末から10月にかけて、参加する9軒の軒先に水槽を並べ展示販売。ぷっくりかわいい”だるま“、真っ白で愛らしい”白メダカ“、金魚のように赤く美しい”楊貴妃“、青く輝く”青ラメ幹之“、ぎょろ目の”出目パンダ“や濃い黒色が特徴の”オロチ“など、数百円から2万円もの値の付くものまで約40種類のメダカと出合えると、全国各地からメダカ愛好家や観光客が訪れている。
きっかけは約19年前、同会代表の枡田秀美さんが趣味でメダカを飼育し始めたこと。「なんとも言えないかわいらしさにはまってね。娘が結婚するときには紅白メダカを買ってみたりして、楽しんでたんや」。2009年ひょんなことからテレビのまち取材で全国放送され、遠方からわざわざ訪ねてくる人が現れた。「高齢化と過疎化が進む山奥の集落にメダカを求めて人が来るなんてよ、みんなびっくりよ」。それなら、メダカを主役に町おこしをしようと近隣住民に声を掛け、2010年『めだか街道』を発足させた。「ただ単にメダカを飼うだけなら面白くないし、続かない。本気でメダカを飼って販売もしよう」平均年齢80歳のメンバーが団結した。
金魚と違って、ポンプなどの機械は要らず、水替えもそれほど必要ない。飼育のしやすさは高齢メンバーにも取り入れやすかった。問題はいかに健康なメダカを育てるか。「お客さんが持ち帰り、その家の水槽で元気に泳いでもらわんとあかん。それと、マイナス10度近くまで気温が下がる冬を越すためには、健康でないと」と枡田さん。天気の良い日は日光浴、水替えのタイミングや、病気が発生した時の対処などメンバー同士声を掛け合う。また、ここを訪れる愛好家の人たちが活動を応援し、専門的な飼育知識を教えてくれる。枡田さんは2年前、『めだか街道』オリジナルの改良メダカを生み出そうと交配にも挑戦。掛け合わせは秘密だが、白色の容器に入れても色抜けしない、黒メダカ”ひでちゃんブラック“が誕生した。「温度管理のためにメダカと一緒に寝たこともあったり、野生動物に持っていかれたりと苦労もあるけれど、メダカのおかげで静岡や名古屋、滋賀など多くの人と出会えたことが何よりもうれしい」と枡田さん。
静かな集落が賑やかになり、高齢メンバーも社交的になった。街道沿いの住民同士の会話も増え、夫婦喧嘩が減ったという家も。「毎年春が待ち遠しい。メダカが元気に泳ぎ回り、街道に人が来て、街道の人たちも元気になる」と枡田さんはメダカの姿に目を細めていた。