奥大和・曽爾村。平成の名水百選(環境省)に選定された曽爾高原湧水群があり、村の中心を流れる曽爾川は初夏には蛍が飛び交う。豊かな水と高原地帯ならではの寒暖の差で育まれる農産物は良質美味。しかし、農業従事者数150人で約7割が65歳以上。農産物の取引価格の低迷により後継者不足、産地縮小、販売力の低下と負のスパイラルに陥っている。
そんな村に昨年8月、神奈川県鎌倉市から家族で移住してきた人がいる。村役場企画課に勤務する髙松和弘さんだ。前職は日本農業新聞記者。12年間、全国各地で農業や農村問題を取材してきた。「話を聞いて記事にするよりも、一つの農村に身を置き問題を改善したいと思うようになりました」。同村は地域おこし協力隊を県内でいち早く募集するなど、外からの人材を積極的に求めていた。「農業で生計を立てる人も多いこの村で、農林業を主とした地域づくりに加わりたいと思いました」。思いが伝わり、昨年、村役場の臨時職員として採用され、今年4月には正規職員として地方創生や移住相談窓口を担当している。
以前は満員電車に揺られながら1時間半かけて通勤、昼食もコンビニで済ますことが多かった。ここでは一変、役場から自宅まで徒歩3分。昼休みは自宅で奥さんの手料理を2人の息子と家族4人でいただく。「お昼にこんな時間が持てるなんて想像以上でした。暮らしを大切にした働き方ができるのは田舎の魅力です」。とはいえ仕事は多忙。村の負のスパイラルを一刻も早く改善しなくてはならない。
2015年度の約1年間、農林業を立て直すため”今、村ですべきこと“について村民や役場職員が何度も集まり議論してきた。髙松さんも加わり、全国の農村で取材してきた知識やネットワークを活かし積極的に動いた。結論は曽爾村ブランドを作ろうということで一致した。「小さな村でこそ希少価値を打ち出しやすく、生き残るチャンスは大きいと思っています」。まずは、行政だけでなく、JAや森林組合も巻き込み、村が一丸となるための組織『曽爾村農林業公社』を今年6月に設立。並行して米、野菜、木材、漆や薬草とそれぞれにブランド化に向けたプランを打ち出している。
今秋収穫された曽爾のブランド米は11人の農家が栽培を決め、日本一おいしい米を作る名人と言われ、TV番組でTOKIOの米指導も手掛ける山形県の遠藤五一氏を招き、ミネラルを中心とした有機肥料100%・減農薬で米作りを実施。「50種類以上の生物が生息していると言われる村の水田環境もさらによくなり、糖度も一般のお米よりも高く粘りがあるおいしいお米が誕生しました。米ヌカも甘いんですよ!」。価格は2kg1512円。高価格帯だが、村内に観光などで訪れた消費者や、百貨店に販路を持つ米穀店など、曽爾米を応援してくれる業者からの引き合いも出ている。「ブランド化により作り手も自信を取り戻し、活気が出てきたように感じます。価格競争に負けないよう、良い物を正しく消費者に伝えていくことが使命だと思っています」
曽爾村に移住し、農業や林業をしたいという人は若者を中心に年々増えている。山があり、川があり、子育てにも最高の場所。「彼らがここで農林業を生業にし、家族を持ち住み続けられる村づくりを目指しています」