奈良町の夕景がきれいな路地の途中、江戸時代、奈良暦を作っていた陰陽師たちが住んでいたことに由来する町名・陰陽町に「奈良町からくりおもちゃ館」がある。看板がなければ、隣近所と変わらない町家の1軒だ。料亭だった松矢家の別邸(築130年)をほぼそのままに、中庭を望む和室に、復元された江戸時代のからくり玩具を2か月替わりで約20点ずつ展示、来館者は実際に手に取って遊ぶことができる体験型施設だ。
所蔵のおもちゃは、200種に及ぶ。奈良大学の元学長・鎌田道隆氏(現名誉教授)が、ゼミの学生たちと四半世紀をかけて復元研究したものだ。より多くの人たちに見てほしいと奈良市に寄贈されたのを機に、2011年に開館、国内外の客を楽しませている。
その館長を務めるのが、安田真紀子さん。安田さんは、香川県高松市から奈良大学文学部に入学、史学科で日本近世史を専攻する。明治・大正時代を知る祖父母のいる昔ながらの生活をしていたこともあり、近世史には関心があったとのこと。2回生のとき、ゼミで鎌田氏の下、江戸時代のからくり玩具の復元研究を学び、卒業後もそれをライフワークとし今に至っている。
近世史の授業は古文書などの解読で進められることが多いが、江戸時代の庶民に最も親しまれた旅「お伊勢参り」の再現(全25回)など、「実験歴史学」を提唱し、学生たちと一緒に実践してきた鎌田教授。からくりおもちゃを復元していくことで、江戸時代の文化の理解をと、学生たちと共同研究の形を取った。
「もちあそぶ」から「おもちゃ」と呼ばれるようになった玩具、江戸初期以前は、各家庭で親が子のために作った人形などはあったが、からくり仕掛けのものはなく、世の中が安定してきた江戸時代中頃から作られ売られるようになった。
それらには図面がなく、口伝のものがほとんど。浮世絵からわかるのはフォルムや色使いだけ、随筆や日記にある大きさや遊び方・動かし方を読み解き、断片的な情報を集めて作っては作り直しの繰り返しだったという。
取材中にも来館者があり、スタッフの丁寧な説明を聞いては、次々とおもちゃに触れている。創意工夫の詰まった手作りおもちゃに子どもも大人も感嘆の声を上げ、ため息をつきながら、ユニークな影絵に見入り、なかなか解けない知恵の輪やボードゲーム(十六むさし)などに夢中になっていた。
近年は海外観光客の来館が増え、そのほとんどが日本人の知力と丁寧な作業に舌を巻いていくそうだ。案内は、NPO法人からくりおもちゃ塾奈良町のスタッフが交替で平日2人、祝祭日4人体制、海外客のために英語でもガイドする。子ども好き・人好きなメンバーぞろいだ。
おもちゃの材料は、木、竹、和紙、たこ糸、松脂など身の周りにある自然素材。「竹のしなりをバネ代わりに利用し、木の種類による使い分け、”適材適所“の特徴を知りアイデアを駆使した上の緻密で丁寧なものづくりをしています。先人の知恵と手間隙を惜しまない職人気質には目を見張ります。今の日本は技術王国と言われますが、ルーツはそこにあるのでは。現代の人も、それをうかがい知った上でコンピュータゲームなどに興じてほしいものですね」と館長。