森や河原で遊ぶ子どもたち。孫と釣りをするおじいちゃん、里山の風景に溶け込んだ人形たちに思わずほほえんでしまう。これは、人形作家・岡本道康さんの作品だ。吉野割箸の木くずを利用した粘土『森のねんどの物語』を考案し、作品を通じて森からのメッセージを伝えている。
京都府北部の山村で生まれた。幼少期は野山を遊び場に過ごした岡本さんだが、小学生の頃に兵庫県西宮市に移り住み、大阪万博後の刻々と変わる街の中で生きてきた。エネルギーが石炭から石油に代わり、日本は豊かさを求めて発展していった。しかし、山村や商店街など廃れていく所もあった。大学で経済学を学んでいたが、「バランスが崩れている。本当の豊かさとは何だろう」と違和感を覚えた。物づくりが好きな岡本さんは大学を辞め、「自然と調和した、日本の美しい姿を表現したい」と人形制作を開始。動く人形も作りたいと電子制御の仕事に携わり技術を習得した。工場の自動制御システム装置を始め、名古屋のリニア・鉄道博物館にある巨大ジオラマの自動制御装置も手掛けるほどに。
電子制御の仕事の傍ら、人形制作は続けた。市販の木の粘土に好みの木くずや白い粘土を混ぜ素材の追求もした。ある日、ふと「裏の割り箸屋さんは毎日、たくさんの木くずを燃やしているよ」と吉野の知人が言っていたことを思い出した。割り箸は、柱など建材用にカットした木の端材を利用し“自然の恵みを無駄にしない”という想いから生まれた物。「これだ! 気候風土に適し、素材の持つストーリーも含め私が探し求めていたもの」
すぐに粘土制作の専門家に開発の協力を依頼し割り箸木くずを利用した粘土の開発を始めた。しかし、配合やコストなど問題は山積。「商品化が進めば新たな産業サイクルが生まれる。山の暮らしにいい循環が生まれるのでは」と希望も込める。つまずく度に、森の恵みを生かした素材を作り未来につなげたいという想いは増していった。
試行錯誤の末、昨年『森のねんどの物語』は完成。美しい白木の割箸木くずは、人形に自然な素肌と豊かな表情を与え、見る人に雨の降った後の土の匂い、森の風の音、山村で暮らす人々や精霊たちの声を連想させる。また、吉野の山や川、製材所で作品の撮影を行い一冊の本を制作。この物語を手に、各地でのイベントなどでワークショップを開催するなど活動の幅を広げている。
今後はより自然に近い素材開発を続け、楽しく森の仕組みを感じられるような教材用の粘土キットなどを販売計画中だ。「木を植えて山を守る。木を集めて製材し、端材を集めて割り箸にする。そんな山の仕事や生活の営みが森を美しくする。この人形や粘土に触れることで、森や木のことを思うきっかけになれば」岡本さんの目には、穏やかに生活する未来の世界が映っていた。