”日本で最も美しい村“連合に加盟する曽爾村。奈良県の東北端、三重県に接し、西に柱状節理の岩肌もあらわな鎧岳、兜岳、屏風岩など(国の天然記念物)の美景が連なり、東の山麓には雄大なススキの大海原・曽爾高原(室生赤目青山国定公園)が広がる。
その曽爾高原を見晴らせる鎧岳の麓に9年前、奈良市から移住したのが前川崇さん・郁子さん夫妻だ。ライターで在宅での仕事も多い崇さんに、より広いオフィス空間が必要だったことと、郁子さんの”カフェをやりたい“という思いが2人を移住へと突き動かした。曽爾村を選んだのは、崇さんの実家の名張市に近く、家賃が魅力的だったからだ。
念願のカフェをオープンするのは、移住後4年を経てから。「よそ者がいきなりカフェを開いて、知らない人が出入りするというのは、地元への配慮が足りないと思ったので」と郁子さん。「村の共同作業にはできるだけ参加するなど、まずは地域に溶け込むことが大切と考えています」。ここ数年、野菜を分けてもらっている農家の人の利用をはじめ、村内のお客さんも増え、つながりが広がってきたという。
カフェは、古民家の納屋部分をリノベーション。太い梁が渡る既存空間を生かし、建具やガラスも使えるものは残した。4席のカウンターに、椅子4つのテーブル、4枚の座布団を置いた小上がり。こだわりのコーヒーや紅茶と郁子さん手製のマフィンやスコーンで、本を読む人、窓の外に広がる景色を楽しむ人、静けさに身をゆだねる人…。それぞれの楽しみ方をしに訪れる。
郁子さんは大の本好き。中でも実家の近くに生家があるという泉鏡花への思いは、小学生の頃から。「何を読もうか迷ったとき手にしているのは泉鏡花」と言うほどだ。その泉鏡花全集のほか、村上春樹やミヒャエル エンデの作品などのセレクト本を並べている。「本を読みながら、曽爾の景色や空気を感じてもらえる本好きが集まる場にしたい」と願う。
曽爾村から最も近い書店は、車で40〜50分。5月から小さな書店も併設しようと、店のエントランスのDIYに奮闘中で、文芸書を中心に写真集や画集などビジュアル系の本も置く予定だ。
土日祝限定で出すランチは、村の米や野菜、曽爾川での鮎釣りの釣果などを使ったもの。「こちらが言わなくても村の野菜のおいしさを感じてくださるのがうれしい。野菜をあまりいじらないで出しているんですよ」と。
「町は便利だけど、捨てざるを得ないことが多い。田舎は、不便なりにやれることや何をするか選ぶ勘所があって楽しい。飲食店が少ないので料理も自分で作らないと食べられないですし。村に来て”食“のウエイトが大きくなりました」と笑う。
「自然を求めて移住に憧れる方もいるかと思うのですが、実際は厳しいです。昨年の台風では、山崩れなど自然の怖さも感じました。この9年間でも年々変化が大きくなっています。でも、毎日見飽きない風景がある」と、それに勝る村の魅力を語った。