名阪国道針ICから南へ約10分、都祁の里山地区に、奈良の酒屋や料理屋で近年評判になっている蔵がある。1871年(明治4年)創業の倉本酒造株式会社だ。 1月半ば、早朝から家族総出で仕込み作業に忙しい蔵を訪ねた。立ち上る湯気の中で、親子3人が息を合わせてタンクに蒸し米を送り込んでいた。6代目であり杜氏だった倉本嘉文さん(64歳)・益子さん夫妻と、7代目を継いだ長男の隆司さんだ。
同蔵は、奈良県に多い手作りで丁寧に醸す小規模蔵の一つだが、3年前に廃業の危機を乗り越えて今に至ったのだ。隆司さんは、蔵を継ごうと東京農大応用生物科学部醸造化学科で酸や菌を学ぶが、嘉文さんは蔵をたたもうと決意。昨今のアルコール離れ・日本酒離れで、蔵の存続に危惧を感じたからだ。「界隈で1人酒飲みが減ったら、年に百本分の減収ですよ。サラリーマンをやれと言いました」。隆司さんは、大手乳業メーカーに就職し、11年間牛乳と乳酸菌と向き合ったが、酒造りへの思いは断ち切れなかった。
父親を説得して2015年、蔵へ戻り建て直しに邁進する。県のものづくり補助金を得て設備を入れ替え、配管などは自分で溶接し、大手乳業メーカーで身についた厳正な衛生管理の下、目指す酒造りのための環境づくりに注力した。「私らは、長年の経験と勘で造りましたが、息子はデータ管理。指導も口出しも一切しません」と笑う嘉文さんがするのは、酒米栽培と作業の手伝いだけだとか。
「酒造りは米作りから」との信念から、蔵の前の4枚・6反の自家田で酒米を育てる。この地と蔵になじんだ米は、愛知の酒造好適米「夢山水」。標高500?、中山間地に適する米で、山田錦の系統にあり酒質もいいという。仕込み水と同じ山水を使い、純米銘柄はこの田んぼの酒米で醸す。
1年のうち100日は氷点下という大和高原の厳寒を活かした造りの看板酒は、『純米酒 倉本』。ふくよかな旨みでしっかりした味に豊かな香りの酒だ。磨きは50%と純米大吟醸並みだが表記は「純米」。50%、60%に磨こうがすべて純米としか名乗らない。「磨き具合で味は変わる、それがわかってもらえればいい。酒は好み。アル添(醸造アルコール添加の酒)もうまい」と嘉文さん。冷蔵庫がなかったときは火入れ酒だけだったが、今は季節限定で生も出す。
もう1本は、『菩提酛 つげのひむろ』。清酒発祥の地、奈良の蔵ならではの菩提酛仕込みの酒だ。嘉文さんをはじめとする奈良の蔵の有志と県が、かつて僧坊酒を造っていた正暦寺の境内で採取した乳酸菌・酵母を使って同寺で酒母を仕込み菩提酛を復元してから21年。今は隆司さんたち息子世代が継ぎ、毎年1月の恒例行事となった。「清酒作り発祥の地の伝統と文化を守った酒造りで、奈良の酒を発信していきたい」
蔵を継ぎ・守る。その重みを全身で受け止めながらも表情は明るい。「今は試行錯誤中、『味よりもあそこの息子ががんばっている』との評に助けられているんです。その温かい声援に恥じない酒を造っていかないと」。この3年間に全国各地の蔵を訪ね、そのこだわりを学び、持ち帰っては酒質を上げてきた。最近は、奈良の秘蔵地酒を置く飲食店などからも引き合いが多くなっているという。
「材料は米だけ。造り方に幅を持たせて、米の味をしっかり出しながら異なるニュアンスを持たせてみたい」と、父から手渡されたバトンを手に、日本酒の未来道を走る。