青々と葉が茂る夏の山に異変が起きている。春日奥山、生駒山系や矢田山系とあちらこちらに葉が茶色く立ち枯れした木々が見られる。健康な木を集団で枯らす伝染病「ナラ枯れ」が起きているのだ。これは体調約5ミリの昆虫カシノナガキクイムシ(カシナガ)がコナラなどの木の幹に穴をあけてカビを運び込むことが原因で、感染すると水を吸い上げる機能が低下、夏場に一気に枯れてしまうのだ。このナラ枯れ対策に力を入れてきたのが『奈良・人と自然の会』の副会長・森英雄さんだ。「ナラ枯れして1年ほど経つと、ボトンと枝が折れ落ちたり、倒れたりと山が危険な場所になってしまう」と話す。
前職は素材に含まれる成分を分析する研究員。森さんが自然に惹かれたのは、退職後に始めた歩き遍路がきっかけだった。「出会う人々や緑の木々、自然に癒やされて、”自然・お遍路・お返し“ が第2の人生のテーマです」。お遍路を続けながら、大阪のNPOシニア自然大学校へ入学。卒業後、奈良県から整備委託を請け、里山の景観整備を始めていた『奈良・人と自然の会』に入会した。同会は平成14年自然大学校のOBら45人が集まり設立。創立15周年を迎えた今では平均年齢70歳、152人が所属し、毎週木曜日の活動日には約70人が集まる。
同会がフィールドとするのは、国道24号線とならやま大通りが交わる辺り、通称『ならやま』。歴史的風土特別保存地区として住宅開発の波から守られてきた場所である。しかし、長い間手つかずとなった里山には3メートルもの笹藪が覆い、ゴミが散乱し鬱蒼としていた。当初のメンバーは1年以上かけて笹藪を刈り、里地に出現した田畑や果樹園跡を発見。ここに日本の原風景を蘇らせようと尽力した。
平成22年、倒木や灌木(低木)の整理を続ける中、全国的に猛威を振るっていたナラ枯れ被害が市内の山林で報告された。「いよいよここにも来る」。専門家のアドバイスを受けながらナラ枯れ対策準備を開始。ここは被害を受けやすい老齢木が多い孤立した山林。専門家の予測では”山林の7割が被害を受ける“だった。「山を守るためには早期発見、早期除去が鍵」と、まず山林を30区間にブロック分けし、1本1本のコナラに番号を振って管理台帳を作成しデータを収集。まさに人海戦術。感染の目印はカシナガが入り込んだ穴や木クズ。怪しい穴があれば爪楊枝で深さや角度を記録。作業は単純だが5ヘクタール、約2千本にも及んだ。
記録を始めた翌年、ついにナラ枯れを確認。カシナガにワナを仕掛け、侵入が激しい木は薫蒸処置をし、被害が小さいものには他への感染を防ぐ処置をした。一時は手の施しようがない状態にもなったが、地道な作業を5年以上続け、被害は全体の5%に当たる約100本に抑えることができた。この夏、奈良県内のナラ枯れ被害が激しさを増す中、ここは沈静化している。「昔は暮らしに必要な材木、炭や薪を作るため林を適度に活用し、結果的に里山林を健全に維持し続けていました。里山と人との関係の変化も原因の1つなのでしょう」と森さん。
『歴史的風土を次世代に受け継ぐ』を中心理念に里山づくりに取り組み、『ならやま』には多種多様な生態系が生まれた。他に、近畿大学と連携して水生生物保護に取り組んだり、地元小学校の稲作体験学習、「自然観察会」や「自然工作」などの子どもが参加できるイベントを開催したりと、その活動は高く評価され、平成29年「緑化推進運動功労者内閣総理大臣表彰」を受賞した。「子どもが好むようあえて山道は細く、ロープを伝って上がる場所などを作ってね。幼少の頃のこれらの体験は、ふとしたときに思い出すはず。そして彼らの子世代にも伝えてくれたら」と森さんは里山作りを楽しんでいる。