手になじむ優しい肌触り、深呼吸したくなる木の香りに、美しい木目。汁物や油物も気にせず料理を盛ることができ、人体にも環境にも悪影響を与えない。そんな安心安全で木の良さを最大限味わえる器を一つひとつ手作りしているのが、宇陀市榛原の林業家、津田和佳さんと妻、祥乃さんだ。
和佳さんは林業家の4代目。幼い頃から山仕事を手伝ってきた。林業では山仕事の合間に副業を持つことが多く、和佳さんも園芸や盆栽などをしていたが、1998年の間伐作業中に、間伐材で器を作れないかと思い立ち、手探りで器作りを始めた。
志を持った同年9月22日、最大風速約60mを記録した台風7号が関西圏を直撃した。「そんな中なのにこの人はずーっと旋盤を回してるんですよ。思わず山はいいの? って聞いたら『こんな中何もできん』って返ってきて(笑)」と祥乃さん。和佳さんの山の杉やヒノキの一部分が風雨にさらされ、ぐにゃりと曲がって売り物にならなくなってしまった。「材木としては売れないが、器になら活用できる」
いざ器作りを始めてみると、杉やヒノキを削り出すのは想像以上に難しいものだった。食器のように薄くするには、材質がやわらか過ぎたため、削り出す過程ですぐにヒビが入った。「木は木地のままでは器にできない。でも化学薬品で木を固めると、木の香りや軽さ、保温力が失われる。有機溶剤入りの塗料などを塗れば、木の素朴さや触れたときの温かさが失われてしまう。一度は器作りをやめてしまおうかと思った」
行き詰まった和佳さんは、何かないかとインターネットでリサーチし、ガラスコーティングの方法と出合った。しかし、従来のコーティング剤では、木の収縮に負け、ガラスに割れが生じた。そこで同剤を開発していた企業の研究者と液体ガラスの改良に取り組んだ。液状ガラスが時間をかけて硬化し、元素の「ケイ素」(=ガラス)になる同剤。粉砕すればただの木と砂に還り、水やお湯にも溶け出さない安心・安全のコーティング剤「ガラスウッドコート」をついに実現させた。
「器作りは今でもヒビとの戦いですが、最初はさらに大変で、いくつも木くずにしました。ようやく商品として納得のいくものができても、仕上げの磨きでまた割れてしまう」と和佳さん。「私が仕上げの磨きで割ってしまうんです。怒られるのが嫌だから、それを袋に入れて机の下に隠してたんですけど見付かって(笑)」と祥乃さん。「リスみたいにたくさん隠してた(笑)」と笑いの絶えない2人3脚で有限会社津田瑞苑は2000年6月にスタート。2003年には「間伐・間伐材利用コンクール」で『全国木材組合連合会会長賞』を受賞した。
作る器は、弁当箱や大皿に始まり、ショットグラスまで様々だが、次第に木の温かさが一番似合う器として「お食い初め食器」に特化するようになった。冷たさも熱さもじんわりと伝える優しい使い心地と、無垢な見た目の愛らしさが贈り物として今人気を集めている。
「表面に少しヒビが入っても軽く研磨し、もう一度コーティングすることで、長く使用することができます。『10年前のものなんですが、修理していただけませんか?』って問い合わせてもらえることがとてもうれしい。木の良さを形にすることに妥協しないで良かった」