「彩り豊かに羽根を纏い、軽やかに羽ばたく。そんな鳥の姿に憧れを抱いていました」。それは、紙に描いたデザインを小さなアートナイフで切り出した“切り絵”。最も細いところで0.2mmという圧倒的な繊細さに誰もが驚く。作者は石賀直之さん。普段は薬剤師として働きつつ、夜は創作に没頭している。まったくの独学で独自の技法を磨き、2013年に初めて作品を発表した山梨県の国際切り絵コンクールで入選し、2016年の関西扇面芸術展では奈良県知事賞を受賞するなど高い評価を受けている。
石賀さんは奈良市で生まれ育つ。幼少の頃、一緒に過ごす時間が長かった祖父は、鉄道会社に勤務する傍ら仏師として活躍し、94歳となった現在も彫刻を続ける石賀悟山氏。「祖父も僕も植物や野鳥観察が好きで、いつも一緒に過ごしていました。舞い散る木の葉、水から飛び立つ一羽の鳥、その一瞬一瞬に美しさを覚えた、ぜいたくな時間でした」。石賀さんの描く世界の原点はここにある。
誰に勧められる訳でもなく、3歳からハサミを持ち、紙を切っていた。小学生の頃に初めてアートナイフに触れ、遊びの延長で、描いた絵に沿って細く切ることが楽しくて夢中になっていった。高校では油絵を、20代では仏像に金の装飾を施す截金をするなど、仕事を持ちつつも自分の可能性を広く探していった。「すべては切り絵に繋がっていました。僕の表現方法はやっぱり切り絵なんだ」。石賀さんは切り絵に集中することに決めた。
テーマは花鳥風月。机の上にコピー用紙が用意され、シャープペンシルが紙の上をなめらかに滑る。「デザインはあまり考えません。考えれば線に迷いが出てしまうから」。幼少の頃の記憶を思いつくまま描いていく。1本、また1本と書かれた線に無駄はなく、消しゴムは一切使わない。たとえ崩れた円を描いたとしても、そこから広がる線があるから。「どんな線もすべてが偽りのない自分自身です」
こうして完成した石賀さんの作品にはサプライズがある。例えば『The world of BIRDs ―with peace―』。一見すると鳳凰が羽ばたく世界地図。だが細部のあちらこちらにフクロウ、白鳥や蝶が描かれ、国境のない世界を飛び交っているようだ。「ここに鳥がいますねって人から教えてもらうこともあるんですよ」
数年前からは額装を工夫し、展示するときに少し絵を浮かせて影ができるようにした。朝日や夕日に照らされたとき、光の強さや射す角度、見る人のその時の心によっても見え方が変わるように。「これも僕が子どもの頃に自然の中で見つけた楽しみの1つです」と、石賀さんは切り絵をふと持ち上げ影を作って見せてくれた。
現在は展覧会に参加し、ワークショップを積極的に開催している。「人と会って生の声を聞く大切な機会です。ワークショップでは同じデザインを切ってもらうのですが、面白いことに仕上がりは十人十色」。こうした人との出会いからも新たな発想が生まれ、陶器や照明とのコラボ、切り絵を使ったアクセサリーも制作している。日々変わりゆく季節のように、石賀さんの切り絵の世界はさらに、深まり広がっていく。
2017年9月