自称”奈良県で一番元気な男“ユンケル上條さんこと上條正幸さん。75年前高見山の麓で産声を上げた。中学卒業後、日本一のボクサーを目指し大阪で働きながらジムへ通うが体力不足で3年後に断念。1963年春、心機一転、日本一の車掌を目指して奈良交通株式会社へ入社する。そのとき、祖父母が「日本一の車掌になりたいなら、トイレ掃除を続けなさい。トイレの神さんが何かを教えてくれるはずや」と背中を押してくれた。
その言葉を信じて、公共の場のトイレ掃除を始めた。最初は近鉄大和上市駅のトイレ、結婚してからは住居近くのJR巻向駅。最近は、奈良市三条通の旭水公園や大神神社のトイレにも出向く。巻向駅は連日早朝、素手で掃除。月に1度は、配水溝の中や照明器具も磨く。運行安全確認ミラーもピカピカだ。
最初は「この子、頭がおかしいんと違うか」と言われながら続けてきて56年。トイレの神様に教えられたのは、「最高の笑顔と挨拶。汚れたトイレを磨くことで自分の心の汚れもぬぐい去られ、すがすがしい気持ちの笑顔で、皆さんに挨拶できるようになりました」。目配り、気配り、思いやりの大切さなど人間の基本に気づかせてもらった。常に生かされていることへの感謝の心で満たされているのでストレスもなく、75歳の今まで病気とは無縁だという。「僕、3つの自信がありますねん。一、食べ物に好き嫌いなし 二、飲み物に好き嫌いなし 三、人の好き嫌いなし」だからと、過去の健康診断結果データを見せてくれた。
車掌4年、運転者10年、助役15年、営業所所長19年を務めたが、所長時代はその任務地の地域住民になりきった。地域の不便解消のため、バス路線を増やしたこともある。現在は嘱託の身だが、現役時代に奈良交通の看板バスツアーとして人気を集めた「お笑いユニーク車掌」では”ユンケル上條“として活躍、後には有志でボランティアグループ「奈良交通お笑い演芸同好会」(現お笑いシニアクラブ)を立ち上げ、福祉施設などへ出向いて笑いを届けている。縁あって相撲甚句もやり、交通事故やオレオレ詐欺防止の創作甚句で子どもやお年寄りを沸かせる。
遷都1300年祭では、平城宮跡のトイレ掃除、東日本大震災直後には、気仙沼で瓦礫処理をはじめ、避難所や民家のトイレの汚物処理を買って出た。遷都千三百年祭に、東北から訪れ奈良交通のバスを利用してもらった恩返しだった。
現在は、県内外での講演活動も多いが、上條さんが、必ず持参するのが、霧氷の高見山と高見山近くのシダレザクラ千本で有名な「天空の庭 高見の郷」、そして東日本大震災ボランティア時の写真の3枚の特大パネル。自分を育ててくれた故郷・東吉野村の魅力を自慢するのは、自分が生まれたところに誇りを持ってほしいと伝えるためだ。そして3枚目は、「特産品を買おうよ、心を寄せ続けようね」と、今自分ができる東北支援を呼びかけるためだ。
「僕、ステージも講演も準備や原稿ナシ。『次はこれしゃべりや』と、トイレの神様の声が聞こえるんです。相手に応じた内容がね。自分でも不思議ですけど、体験と経験かな。誰にも盗まれなかった(笑)」。「僕、まだまだせんならんことがいっぱいありますねん。僕を育ててくれた奈良県の39市町村の方に、もっともっと感謝を伝えたい。社会が暗くなったときには、お笑いの一つでもと、できるお手伝いをしたい」と、心の栄養ドリンクを配り続ける上條さんだ。