京都南部に位置する加茂町は、奈良県、三重県、滋賀県との府県境(京都やましろ地区)にあり、古くから木津川を通じて人と物が交流する一大拠点だった。その中心地のJR加茂駅前で令和の交流空間ともなる和紅茶専門店「大佛汽茶」を開いたのが、古屋研一郎さんだ。
古屋さんは広島市で生まれたが、幼少期から生駒市で育ち、龍谷大学で仏教美術を学んだ。小学生の頃から歴史や仏教美術が好きで、高校生のとき東大寺南大門金剛力士像や興福寺阿修羅像の修理復元を手掛けた仏師に弟子入りする。が、利き腕の問題と腰を傷めたこともあり、中学から続けていた吹奏楽を通じて、神戸で金管楽器修理の仕事に就いた。
震災後に出逢った加茂町の音楽文化ホール開館を機に楽団作りを依頼され、26歳のとき加茂ウインドオーケストラ(現木津川ウインドオーケストラ)を結成。同時に周辺地域の小中高校の吹奏楽部の指導を始め、地元の高校を京都府代表に育て上げ、毎春駅前で開催される「かも野外音楽フェスタ」も立ち上げた。
そして印刷物のデザイン業を生業とし、2000年に現地で印刷デザイン社「アーツプラザ株式会社」を設立、ヤマハや三木楽器をはじめ音楽関係、自治体や地域の印刷物などを手掛けてきた。
並行して知れば知るほど深い地域の歴史と文化に傾倒。古くは恭仁京が置かれ、参勤交代の通過点、茶業の大産地、大仏鉄道の発着駅。三木楽器の創業者は和束町の出身であり大仏鉄道の大出資者で、茶業にも関わっていた……。次々と興味深い史実が明らかになる。
一方で、美しい茶園が広がるお茶の名産地なのに、その淹れたてを飲ませる店がないことを不思議に思った。そして「かも野外音楽フェスタ」を支えてくれる教え子たちのような、地域おこしの人材が育つ場がほしいとも。
令和元年10月、長らく温めていた構想を形にした。地域の伝統産業のお茶と大仏鉄道、東大寺建立時の三都(平城京、恭仁京・紫香楽京)を融合させた「大佛汽茶」だ。明治時代の駅舎をイメージしたという空間は、壁にランプ様の灯り、テーブルや椅子は置かず、座禅で使うカラフルなザブをディスプレイした。蒸気機関車の模型が音響入りで走り、大仏鉄道がCGで再現放映中。他方の壁のスクリーンでは関西本線の景観映像と、鉄道ファンならずともワクワクさせられる。
そこでは、多種類そろえた地元の和紅茶や緑茶を、手作りのスイーツと共にいただける。お茶のきれいな色が見える透明カップに、ポットは「茶離れしている若い世代にも気軽に楽しんでほしいから」と、扱いの楽な信楽焼の特注品だ。
「最近注目されている和紅茶ですが、たくさんそろえているところは少ないです。育った土地による甘みや香りなどの違いを味わっていただきたい」と、好みに応じた茶葉を丁寧に淹れて供する。
春からは専門家を招いて「大仏鉄道」「日本茶」「座禅」などの講座を始める。カフェでありながら、地域の文化コミュニティー施設として人と人との交流を図り、南山城地区の歴史文化の発信拠点でもありたいと願う。「古代から木津川を中心につながってきた南都山城地域は明治時代に分断され、観光も行政単位で行われてきましたが、その壁を取っ払いたい。ここに来れば滋賀(信楽)も京都(加茂・山城・和束・笠置・南山城)も奈良(月ヶ瀬・柳生)も三重(伊賀)も繋がっていることを感じてもらえるように」
カフェの1階には、市の観光協会が同時開業。木津川市観光の折の一服どころで、古屋さんを相手に土地の魅力のさらなる深掘りを楽しめそうだ。