美しい棚田が広がり、日本の原風景とも称される明日香村。この地に新規就農者第1号としてやってきたのが、大阪府出身の恵良崇さん・容子さん夫妻だ。夫婦で脱サラ後、大好きな明日香村で農業を始めて早10年。今では民宿3軒を経営し、自分たちのような移住者を助ける頼もしい先人である。
2人が暮らすのは、近鉄飛鳥駅から車で走ること15分、延々と続く登り坂を進んだ果ての集落・明日香村入谷にある築120年の古民家だ。早朝は霧が立ち込め、雲海を見下ろすことができるこの場所で、8年前から村の新規就農者による農家民宿第1号として「ゆるりや」を経営している。
「ゆるりや」での過ごし方は、宿というよりもホームステイ感覚が特長的。恵良さん家族と一緒に食卓や囲炉裏を囲み、畑で採れた四季折々の野菜や自慢の米、と獲ったばかりのイノシシの肉など、その時々の地の味を堪能する。「一度食べたらその野菜を欲しがってくれる人が多いんです」と、近隣への宅配のほか、関東など地方発送も実施。容子さんが英語堪能であることから海外旅行客も積極的に受け入れ、異文化交流も盛んだ。さらに昨年は村内に民宿「とまりゃんせ」、今春は「ぽつり」も新たにオープン。農業や宿に興味を示す県外の若者をスタッフとして雇用し始めている。
崇さんが農の道を志したきっかけは、就職先の食品会社で直面した「食」の現実にある。工場を満たす化学薬品の臭いや中国産野菜の安全性への不安から、「安心して食べられるものを作りたい」と思うになった。夫婦で家庭菜園を始めるとその奥深さに虜となり、2年間奈良市の農家へ通って自然農法を習得。崇さんが30歳の時、農家になるべく明日香村に移住した。
現在、村内各所に計1町1反の田畑を有し、新規就農者の若者を雇用して農のつながりを広げている2人。しかし最初からうまくいったわけではなく「友人も親戚もいない土地。頼れるところがなくて本当に苦労しました」と当時を振り返る。今のように県や村の支援制度がなく、見知らぬ2人に家や畑を貸してくれる人は簡単に見つからない。人づてに紹介を受け、やっとの思いで見つけた「ゆるりや」を拠点に一つずつ夢を実現させ、現在に至るという。
念願の農業もまずは1反から挑戦。始めは環境の難しさやイノシシの被害に頭を悩ませた米作りも、崇さんの5年に及ぶ研究の末、年々おいしさを増し自慢の米が実るようになった。さらに今年から、加工品作りも開始。「まずは味噌に漬物、梅干し、蜂蜜。その道の先輩である村人に教わりながら、研究真っ最中です!」と、農業と民宿に加え、もう一つの柱を構築中だ。
ここ数年、新たに大阪で会社を立ち上げるなど忙しい日々を送る崇さん。容子さんもまた、民宿や子育てにてんやわんやの毎日だ。それでも2人は「頼れる人がいないと困るでしょ」と、新規就農者の情報交換の場や雇用の仕組み、販促経路を作るなど、持ち前の行動力で周囲に手を差し伸べる。
「まずは私たちが一歩を踏み出す。その重なりがいずれ道となり仕組みとなれば、誰かの夢や挑戦を後押しできますよね」