梅の景勝地として名高い奈良市月ヶ瀬。標高約150〜450メートルの山間地で、初夏になると山の斜面に新緑の絨毯が広がる県内有数のお茶処でもある。
ここで代々お茶作りに励むのが「久保田農園」の久保田清徳さん。日本茶インストラクターの資格を持ち、昨年秋に全国の若手茶農家がお茶利きを競う「全国茶審査技術競技会」で優勝、農林水産大臣賞受賞、「春日大社献上茶苑」の委嘱を受けるなど、月ヶ瀬のお茶をリードする存在だ。
江戸時代末期から続く同農園は、清徳さんで6代目。幼い頃から父の働く姿を見て育ち、一時は跡を継ぐことにプレッシャーを感じたこともあったが、「どうせ継ぐなら勉強を」と22歳で静岡県の茶の専門学校へ入学した。茶業を継ぐため全国から集まった仲間との生活や、卒業後も品評会などでたびたび出会う同窓の活躍に、清徳さんは大きな刺激を受ける。「皆それぞれの地で特長ある茶を、誇りを持って作っているんです。僕自身もただ家を継ぐというより、奈良の、月ヶ瀬のお茶をどうしていこうかと思うようになりました」
そこで清徳さんが注目したのが、和紅茶だ。きっかけは、お茶のことを知らない妻・絵里奈さんにお茶に親しんでもらえるよう、緑茶と同じ葉からできる和紅茶を一緒に作ったことだった。和紅茶は外国産と比べると渋みが少なくやさしい味わいで、和菓子にも合うのが特長。日本人がなじみやすいこの和紅茶を月ヶ瀬ブランドに育てようと、品種の組み合わせやハーブティーへの調合など、夫婦で挑戦を重ねている。
清徳さんが就農する少し前の平成6年、月ヶ瀬の茶業界は大きな転換期を迎えていた。消費量や価格の低下による個人経営の厳しさを受け、各農家が茶葉を持ち寄り生産から加工までを共同で行う農事組合「グリーンウェーブ月ヶ瀬」を設立。当時この動きは全国的にも珍しく、地域茶業の先駆けとして西日本で最大規模を誇った。
現在も組合員18人が当番制で共同運営するが、茶業担い手の減少や高齢化から、茶畑の面積は変わらないまま農家の軒数が減り続けている。このままでは、管理が行き届かない茶畑は朽ち果てるばかり。これに危惧を感じる清徳さんら若手の組合員は、お茶処・月ヶ瀬を残すために新たな仕組みを構築中だ。「今後は一つの会社のようにして、地域の畑を共同管理したいんです。会社化することで雇用を生み、外へ出てしまう若者も引き留めたい。農家だけでなく地域がお茶で繋がり、皆が暮らしやすい形を作れたらなと」
そのためにも「月ヶ瀬のお茶のおいしさを多くの人に広めたいですね」と清徳さん。月ヶ瀬は昼夜の温度差が大きいため新芽の成長はゆっくりだが、土からの栄養をたくさん吸収。朝霧が発生しやすく日照時間が短いことから、繊細で旨味たっぷりのお茶が生まれる。その良さを広めるべく、月ヶ瀬の小・中学校で地域学習の指導に加え、お茶の淹れ方教室を開いたりと、月ヶ瀬を飛び出しての活躍も。
お茶がそうであるように、清徳さんの志は月ヶ瀬を活性化させ、人と人とを繋いでいく。