山の木々もひときわ色濃く、より鮮やかに姿を変える晩夏。炎天下の暑さをしのぎつつ、ミツバチたちもまた懸命に日々を生きている。来たる冬に備えて蜜を蓄えるためだ。
この小さな働き者たちの虜になっているのが大宇陀で鉄鋼業を営む植平秀次さんである。ミツバチを飼い始めた理由はミツバチが犬や猫と違って世話がかからず、鳴いたりしないからだった。初めは購入した西洋ミツバチを飼っていたが、ある日、空いていた巣箱に日本ミツバチが分蜂入居する瞬間に立ち会った。分蜂とは新女王蜂に巣を譲り、母女王蜂が新しい巣に引っ越しすること。群れが巣箱に納まるまで約15分。その様子を目の当たりにした植平さんは野性種である日本ミツバチの迫力に衝撃を受けた。
結局、最初の群れは失踪し、この失敗が植平さんを養蜂家として燃え上がらせた。日本ミツバチについての知見を一層深め、彼らが置かれている窮状や人との深い繋がりを知る。すみかである雑木林は減少、農薬被害などにより絶滅の危機にある。繋がりとは、人手不足が深刻な問題となっている農業でミツバチによる受粉が大きな労働力になること。植平さんは日本ミツバチと日本の農業のために何かできないかと考え、その飼い方をより多くの人に知ってもらおうと『NPO法人 日本蜜蜂大学』の設立に至った。
活動内容は果樹農家への日本ミツバチ巣箱の無料貸し出し、人家近くに営巣した日本ミツバチの保護と巣の撤去、日本ミツバチの学習会、サクランボの苗木の配布事業やフラワーバンク事業などである。
毎月第2日曜日に開催される学習会の受講者は奈良県近郊だけでも200人以上。その多くは農業従事者やこれから趣味として養蜂を始めてみたいという人だ。「日本ミツバチはその性格を把握するまでが難しい。逃げ出してしまうと翌春の分蜂まで待たなくてはならず、諦めてしまう人も多い。そうなってほしくない」と植平さんは日々寄せられるたくさんの質問一つひとつに丁寧に返事することを日課としている。
手間がかからないという理由で始めた養蜂だったが、植平さんは今、日本ミツバチが持つ健気さや愛らしさにも魅了されている。夏になるとミツバチを狙って巣箱の下にカエルやトカゲが集まり、生き物の糧になる一方で、植物の受粉を助けあらゆる面で生態系を支えている。最近ではミツバチがせっせと蜜を集めてくる姿を見ることで心の病を癒やすというインセクトセラピーも広まりつつある。
春に行う“サクランボの苗木”と花の種が入った“お花のお楽しみ袋”配布の目的は、花が咲き誇る潤いのあるまちづくりともう一つ。「自然保護もあるけど、梅と桜の端境期にミツバチを飢えさせないため」と植平さんは大きく育ったサクランボの木をうれしそうに眺める。ミツバチも応えるように羽を震わせていた。