愛らしいキャラクターが登場する色彩豊かな絵。しばらく眺めて、ふと気づく。ゆっくりではあるが、動いているのだ。額の中にはまるで、命が宿った絵本のような世界が広がっている。
動くダンボールアート作家として奈良市に自宅兼アトリエを構える、千光士義和さん。作品数はこれまで1000点以上に上り、一点一点がすべて手作りだ。
芸術大学卒業後、東京の制作会社で子ども向けの人形アニメーションの制作に携わっていた千光士さん。人形の背景を飾る撮影用セットは、ダンボールに壁材などを塗って作られ、撮影が終わると処分されていた。その存在が気になり、もう一度何かに使えないかと眺めていて、断面に現れる波線の美しさに魅了されたという。「裏方ではなく、捨てられるのでもなく、いつかダンボールを主役にしてあげたい」。その思いから、波線を生かしたダンボールアートが始まった。
ダンボールと一言で言っても、その色や質感は様々。千光士さんが使う素材のほとんどは、菓子箱や進物箱などの廃材を再利用したものだ。普通なら役目を終えて捨てられてしまうものも、大切に取り置かれ、歯車や夜空に浮かぶ星など作品の一部として新たに生まれ変わる。さらにダンボールは紙であり、乾燥や湿気に弱く扱いづらいのだが、「だからこそ、思いも寄らない不規則な動きが生まれ、見る者を楽しませてくれるんです」と、千光士さんは少年のようにわくわくした表情で語る。
これら繊細な作品には、必ずストーリーが存在するのが特長。きっかけは「このロボットは何をしているところなの?」という、息子のさりげない質問だった。「親子で眺めながら、『何をしているのかな』って話をしてくれたらうれしいですね」と、見た人がストーリーを想像して楽しめるように、作品にモーターを入れて大小の歯車を動かし、ストーリーが展開するカラクリを施した。
すると、アート面に加えて日本の伝統的な技法であるカラクリを生かした作家としても評価を受けるようになった。同じようにカラクリを手法とする作家と共に韓国や台湾に招かれ、個展や講演会を実施。今後はアジアだけでなく欧米なども視野に入れ、日本の技法を世界に広めたいと意気込む。
普段は作品制作、芸術学校講師をしながら、「身近なもので面白いおもちゃが作れる」と子どもたちに伝えるため、手作りおもちゃの著書出版や、全国で工作教室を開くなど多方面で活躍している。最近では「実際に触れて皆で楽しめるものを」と、ゲーム要素を加えた作品に挑戦。手動の発電機を回し、中の仕掛けを動かして競うというシンプルな作りゆえ、テレビゲームとは違ってマニュアル通りに動かない面白さが、子どもたちを夢中にさせている。
忙しい日々が続いても、愛犬マルとの触れ合いや、工作教室でできた作品を大事そうに持って帰る子どもたちの表情に、心癒やされているという。
アトリエに飾られた作品の数々は、二つとして同じ動きをせず、まるで自分だけの動きを楽しんでいるかのようだ。「動くものはいつか必ず壊れてしまう。それを何十年も動き続けるようにするのが、課題であり使命です」。誠実な千光士さんらしいその言葉に、いつか本当に命を宿すことがあるかもしれないと夢が膨らんだ。