茶筌の里として有名な生駒市高山町。かつて「鷹山」と書いたのは、タカが多く住んでいたからだろうか。開けた地形に棚田が続き、雑木林やため池が点在するこの地は、タカが生活するのに最適の環境だ。
この地で野鳥写真家として活躍するのが、奄美大島出身の与名正三さん。幼児教育雑誌に掲載する小鳥の撮影のため高山を訪れた際、オオタカの羽根を発見し、「ここにはオオタカがいるのか」とこの地に興味を持った。
タカやハヤブサなど、優れた飛翔力や鋭い嘴・爪を持つ鳥は猛禽類と呼ばれ、食物連鎖の頂点に位置。生態系が健全でないと生息できず、開発や環境汚染に敏感で、その多くが絶滅危惧種に指定されている。拾った羽根をきっかけに与名さんが調べたところ、高山一帯には3番(つがい)ものオオタカが生存すると判明。オオタカが教えてくれた自然の恵みに惹かれ、ついに生駒市内に移住した。
だがわずか数年後、一部の高山地域が宅地開発の危機に。このままでは高山の生態系が壊れてしまう―。与名さんはオオタカが住む高山を守ろうと、2006年、高山の鳥や生物、自然に焦点を当てた写真集を出版して訴えた。オオタカだけでなく、高山にはサシバ、ノスリ、ハイタカなど多種多様の猛禽類がいる。四季折々の里山に溶け込んで暮らすそれらの写真一枚一枚は、高山の豊かな自然を物語っている。
写真集の発行後、与名さんの思いが届いた市会議員や市民の自然保護への関心は高まりを見せた。だが、高齢化で失われつつある田畑や荒廃した里山など、まだまだ問題は多い。「エボラ熱やインフルエンザなど、人間の病気の薬となる原料は動植物。生き物の環境を守ることは、すなわち人間を守ることなんです」
高山で撮影して10年余り。「いきなりには撮りません。人と人が話をして打ち解けるように、まずは鳥の“声”を聞きます」と与名さん。撮影期間のうち90%が観察で、そのうち、鳥の次の行動がわかるようになる。徐々に距離を縮め、互いを身近に感じることで、警戒心のない自然な姿も見せてくれる。「頭の中で撮りたい画が浮かべば、あとはその一瞬をひたすら待つのみ」。時にはテントで巣の前に張り込み、狩りや巣立ちの瞬間を、まるで我が子の成長を見守る父親のように写真に収めていく。
高山のほか、現在は生駒郡平群町でハチクマを追跡。ハチクマは蜂を主食としたり、同じ種の中で親子にもかかわらず様々な羽色の個体が存在したりと多くの謎に包まれているタカで、その全貌を明かそうと、今年で4年目を迎えた。「ハチクマは研究者が奈良におらず、存在を知らない人が多い。こんな面白い鳥が身近にいると、皆に知ってほしいですね」
また、小学生や地域住民、留学生を対象にした野鳥観察会も実施。参加者にまず伝えるのは「鳥を観察してみて」の一言だ。犬や猫と違い、鳥は意識しないとなかなか見ないもの。捕食や生活に適した形の嘴、狩りの仕方で異なる爪の形など、双眼鏡で見て初めて広がる鳥の世界に、参加者は感動を覚えるという。さらに、今後の高山を担う子どもらに鳥を知ってもらおうと、毎年春休みに合わせて写真展も開いている。
「鳥は人間と同じ地球の仲間。鳥にもたくさん能力があって、人間だけが偉いんじゃない。だって、人間は空を飛べないからね」。悠々と翼を広げ、大空を旋回する高山のタカが、いつの時代の子どもにも見られる環境であってほしい。そんな願いを込め、与名さんはこれからも鳥の“声”を写真で紡ぐ。