標高2000m級の峰々が連なる大峯山脈、清らかな河川や深い渓谷など、大自然に恵まれた美しい天川村。ある人は修験道の聖地として、またある人は涼や紅葉などの癒やしを求め、村にやってくる。その数、年間約60万人。“また来たい”そう思わせる強い魅力が、この地にはある。山本晋也さんも、天川の神秘さに導かれてやってきた一人だ。
山本さんは、天河大辯財天社すぐ近くのカフェ「Oh Tree」の店主。村人から「元喫茶店『おおとり』のログハウスが空いているから、店をやってみたらどうか?」と、声がかかったのをきっかけに、2013年、「ここで起きることすべてが、これから自分のすべきことなんだ」と、カフェをスタートした。妻の紀子さんと協力しながら、天川産など近郊で育てられた食材による定食、自家焙煎コーヒーや店オリジナルのハーブティーなどを提供している。
家近くの畑で野菜を育てたり、自家製味噌や梅干しをじっくりと仕込んだりと、自然の流れそのままに暮らす毎日。村人に教えてもらいながら、豆茶の栽培、米麹、麦麹作りなどあらゆることへの挑戦を楽しんでいる。「ここにあるものだけで、生きていけるようになりたいですね。天川には小さな集落や村人同士の助け合いなど、都会が失ったものが残っている。その中でシンプルな暮らしを追求し、内容を濃くしていけたら」
天川に来る前は、料理人として各地を飛び回っていた山本さん。京都の料亭で修業していた頃は、いつか店を持ち、有名になることを夢見ていた。その後、オーストラリアの日本料理店にも勤務。そこでの出会いが大きな転機となった。
一つは、オーガニックの考え方。勤務先のオーナーがオーガニックレストランを開業し、環境から追及するオーガニック料理の世界にすっかり魅了された。
もう一つは、価値観の違い。ヒッピー文化にも触れ、刺激を受けた。「日本もオーストラリアも同じ時間が流れているのに、なぜ日本はあんなにも忙しいのか、今は何をもって幸せなのかと、人生の考え方がガラッと変わりました」
帰国後は、自然豊かな福島や兵庫に身を置き、農業を通じて体で自然を感じた。その間、知人が天川村に移り住んだことから、山本さんも村へ何度か遊びに来るように。天河大辯財天社の特別ご開帳の日に来た時には、直感で「ここに住むことになるだろうな」と既に心が決まっていたそう。
「僕がここに来て感じるのは、天川は人が集まる場所だということ。村に来た人それぞれが自己を見つめ直し、新たに始まるきっかけを得て帰る、不思議なところです」。自身にとって新天地となったこの店で、いつも客と積極的に話をする山本さん。すると、店でたまたま居合わせた別グループの客同士で共通点が見つかり、盛り上がることも少なくないそうだ。「都会の若者と地域のおじいちゃんもそう。全く違う者同士がここで触れ合うことで何かが生まれる、そんなきっかけづくりの場所になれば」
オーストラリア先住民・アボリジニなどの民族楽器、友人手作りの帽子やヘンプ編み雑貨などが置かれ、時には音楽会を開いたり、親子で楽器練習をしたりと、店内にはゆったりとした時間が流れる。「天川に惹かれ、集い、話し、くつろぐ。食事だけを目的としたお店ではないので、メニューは決めていません。この場所で出会うすべてを味わいに来てください」。そこには、“また来たい”と感じる出会いが待っている。