エプロン姿で木板の前に立ち、一刀一刀、力を込め野菜を刻む。和紙の皿に写し取られた「料理」は、生駒市在住の木版画作家・田村洋子さんが生み出す作品だ。巨大なショウガに驚く小鳥、水菜やほうれん草がにょきにょき生えたサラダ巻き、箸や階段から感じられる人間の気配……。不思議で、だが、どこか心地よさを感じる世界が広がっている。
田村さんは京都精華大学で版画を学び、卒業後は木版画作家として活動。年に1度個展を開き、若手女性アーティスト集団「イレブンガールズアートコレクション」のメンバーとして全国の百貨店で展覧会も催している。
彼女が版画にひ惹かれたのは、木版画、銅版画、コンピューターグラフィックスなど、一言で版画と言えど、その幅の広さに可能性を感じたから。授業で一通りの技法を学ぶ中で、淡い発色や、色の重なりを楽しめる木版画が、自分の求めていた表現にしっくりときた。
木版画は他の版画に比べ、工程が多いのが特徴。下絵を描き、反転させて4〜5枚の版を作製し、彫刻刀で彫り進む。版の数だけ色を重ねては、乾かす作業を繰り返す。1つの作品と向き合う時間も長く、完成までにかかる時間は数週間から1か月ほど。工程を重ねる中で、頭の中で描いていた物語がどんどん深まっていくことに面白みを感じている。
「中でも醍醐味は、刷り上がる瞬間」と田村さん。直接描いていくものと違い、木版画の完成図は版から紙をめくって初めて目にできるもの。「思っていた通りのぼけ具合に仕上がった時のうれしさ、想定外の色が出た時の驚き、すべてのドキドキがたまらないですね」
作品のモチーフは、自宅の庭で育つ野菜や植物など、身の回りの自然が中心。「大好きな料理をしていると、野菜の断面の形や種の並び方が気になるんですよ。今度はレンコンの穴をモチーフにしよう!なんて、インスピレーションが湧きます」。庭の土に捨てたはずのカボチャの種が2年越しで実を付けた時は、その生命力に感動。作品のストーリーとなった。時計から伸びた花のつぼみの根元に、小さく宿ったカボチャの命。『Time for you』——あなたの時間で、ゆっくり大きくなってね、とタイトルを付けた。
展覧会は、作品に込めた物語を訪れた人に伝えるだけでなく、どんな風に見えたか感想を聞ける大切な機会。「この人にはこう見えるんだな、という十人十色の見方に、喜びや新しい発見を受けています」と田村さん。ただ残念なのは、日本では日常で絵を飾ったり展覧会を楽しんだりする習慣がまだ少ないこと。そのきっかけにしてもらいたいと、手ごろな価格での提供を心がけている。
霜が下り、雪が辺りを白く染める冬。庭の畑では、水菜や菊菜が寒さに耐えながら甘さと香りを蓄えている。そんな野菜たちの力強さに気づく彼女だからこそ、引き出せるおいしさがある。旬の食材が日々の食卓を楽しませてくれるように、彼女の「料理」は毎日の生活をより満ち足りたものにしてくれるだろう。