ごつごつとした木肌から感じるぬくもり。流れるように美しい木目。ふたつとして同じものはない。表情豊かな自然木に惹かれたのが、木工家具職人の本田昭彦さん。奈良県の東南端・下北山村で、池原ダム湖に浮かぶ流木や紀州の原木を加工し、インテリア家具や一枚板を製作している。
本田さんは、埼玉県川口市出身。学生時代、長野県の高原地でレタス収穫のリゾートアルバイトを経験したことで、人生観が一変する。「このまま大学を出て就職という先の見えた人生でいいのか、と。それなら早くお金を貯めて田舎暮らしをしてみたいと思い、大学も中退しました」
早速、働きながら田舎暮らしができる場所を求めて再び長野県へ。温泉旅館で勤務し、そこで知り合った美紀子さんとの結婚を機に14年前、彼女の故郷である下北山村へ移住してきた。
美紀子さんは当初、都会育ちの彼が地域の慣習になじめるか不安だったという。そんな心配をよそに、本田さんは消防団や葬儀の手伝いに積極的に参加。村民交流のバレーボール大会にも出場するなど、村での付き合いを深めていった。その姿に村人からは定職を勧める声も。しかし「田舎に来たからには地の利を活かした仕事がしたい」という思いが強く、アルバイトで生計を立てる日が続いた。
2、3年が過ぎたある日、池原ダムの測量アルバイト中にふと、水に浮かぶ流木に興味が湧く。「水中を漂った木は軟らかいところが腐り、硬い部分だけが残るんですよね。自然が生む独特の形が、不思議で面白くて」。早速家に持ち帰ってヤスリで磨き、「このくぼみは椅子にぴったり」「裏返して物置台にしよう」と、流木の表情から浮かんだアイデアを次々と形にしていった。
ホームセンターで徐々に道具を買いそろえて家具を作り、インターネットショップで販売してみると、反応がいい。「これは地産の木を生かす仕事につながる」と本格的に打ち込み始める。すると、その思いを知った地元の山師が三重県熊野市の原木市で木の仕入れ方を教えてくれ、吉野・紀州産の自然木加工も開始した。
仕入れた丸太は製材所に運び、一枚板にカット。数年乾燥させた後、その木が使われるシーンを思い浮かべながら木の表情を一番引き立てる姿に加工を施す。「木って5年、10年と使うごとに色合いも表情も深みを増して、使う人の生活に溶け込んでいくんですよ」
現在、吉野フェアなどの展示会場やインターネットを通じて注文が入り、個人宅や料理屋など全国からオーダーを受けるまでになった。それでも「地元の注文は特別」と本田さん。家の本棚や診療所のテーブルなど、地元の木が今度は家具として輝き、再びその地に溶け込んでいくことに喜びを感じている。最近では一枚板の製作が主だが、原点はやはり流木。面白い流木を手に入れると、「これは自分用に……」とつい確保するそうだ。
憧れの田舎暮らしを求めてたどり着いた下北山村で、村人の温かい手も借りながら独自の輝き方を見つけた本田さん。その姿が、彼の原点である流木と重なって見えた。