お地蔵様に導かれ、峠道を上った先に広がるのは、大和の青垣に抱かれた奈良盆地。人里離れた”天空“の地で柿の葉すし体験道場「天空の郷」を開くのが、大前英二・真美夫妻だ。
元々桜井市で団体職員をしていた英二さんは、7年前に憧れの起業を決意。川上村の実家で柿の葉すしを作っていた母親の手法を生かして、2006年11月、夫婦2人3脚で桜井市山田に「柿の葉すし山の辺」を開いた。
だが、初めの1年は鳴かず飛ばず。「石の上にも3年」と互いに励まし合っては、味を知ってもらおうと各地のイベントへ積極的に出向いた。「おかげでだんだん人脈が広がってね。困った時はいつも誰かが助けてくれました」
3年目の春、ついに転機が訪れる。客の紹介を通じて東京の「奈良まほろば館」へ出荷が決まったのだ。「いつかは東京に卸したいと夢見ていましたが、こんなに早くかなうとは。これも人の縁」と英二さん。謙虚ながらも、すしには絶対の自信を持っていた。
山の辺のこだわりは柿の葉にある。「自然のままを味わってほしいので、農薬は極力使いません。多少の虫食いは、むしろおいしさの証」。さらに四季の変化に応じて葉を使い分け、秋は色鮮やかな『紅葉柿の葉すし』に変身。するとたちまち話題になり、同館で売り上げ第1位を達成、全国から注文が相次ぐようになった。
その頃から、客との会話で「昔はばあちゃんがよぅ家で作ってくれてんで」と柿の葉すし作りを懐かしむ声を耳にするように。奈良県吉野地域に伝わる郷土料理も、今や家庭で作る人は減少。それなら、と2人は柿の葉すし作り体験を通じて奈良の食文化を伝えようと心に決めた。
まず、店近くに物置として借りていた元料亭の一軒家を体験道場へと改装。料亭当時の和室や囲炉裏は生かしつつ、知人や大工の手を借りながら自分たちでしつらえた。2人の思いに共感し、「なんか手伝えることあるか」と申し出る客も。早速、木を譲ってもらい体験用のまな板を作成。知り合いの書家は快く看板を書いてくれた。「帰りたくなる心のふるさとになってほしい」との願いを込めて名付けた道場「天空の郷」は、こうして多くの人に見守られながら昨年始動した。
体験では、家庭でも作れるよう酢飯の配合から鯖すきまで丁寧に指導。「ここまで教えて商売は大丈夫なんか」と心配する体験者もいるそうだ。完成したすしは桜井の名産、三輪そうめんと共に昼食としていただく。デザートの後は「好きなだけゆっくりしてくださいね」と道場を後にする真美さん。「仲間だけの空間で、思う存分くつろいでほしくて。それが、私たちの目指すおもてなし」
4年前、道場周辺に植えた柿の木は順調に育ってきた。「来年には葉の収穫体験もできるよう計画中。ゆくゆくは農家民宿として丸1日楽しんでもらうのが夢です」。柿の葉が赤く染まる季節もいよいよ目前だ。