「マクロビオティック」という食事法がある。自然界に調和することを旨とし、玄米菜食を中心にその地で採れた旬の素材を食べることを基本とした食事法だ。これを明日香村で実践するのが、「あすか癒俚の里 森羅塾」のシェフ・高橋慎也さん。実は以前はアメリカ料理の調理人で、大のジャンクフード好き、しかも野菜は大嫌い。食事から健康を考えることなど皆無だったという。
生まれは東京都。中学の頃からアメリカ文化に憧れ、英語専門学校を卒業後は横須賀米軍基地や六本木の有名カリフォルニアレストランなどの米国料理店を渡り歩く。その頃、当時から自然食への関心が高かった、妻の由夏さんと出会った。
由夏さんは ”健康の基本は食 “という考えで、料理は手作りにこだわる。毎食野菜たっぷりで、少々のことでは薬は服用しない。一方、シェフは、コンビニ弁当やジャンクフード中心の食生活。アトピー性皮膚炎の持病があり、どこへ行くにも薬が手放せない。「まったく考えの違う由夏との関わりの中で、自分の暮らしは自然ではないと気付かされました」
免疫力が弱まっていたこともあり、ウイルス性腸炎で2度入院。ようやく退院し、行った自然栽培の店で、食べた野菜に驚いた。大嫌いだったはずのトマトが、みずみずしく甘い。それからは食生活を一変、薬に頼らず、食事から体を治すことを考えていた時、福島県にあったマクロビアン施設の橋本宙八オーナーと知り合った。
「妻が参加した半断食セミナーがきっかけでしたが、ここでの生活が素晴らしかった。テレビやラジオの電波も届かない山中で、自家栽培の野菜を中心とした自然食、水は山の湧き水。憧れの生活がここにあると感じました」。橋本オーナーに願い出、夫婦で移住を決意。雪解けを待ち、憧れの生活が始まろうとしていた。その時―。
2011年3月、東日本大震災。津波の被害は免れたが建物は半壊。さらに原子炉建屋の爆発を知る。「それからは着の身着のままで避難しました。あの時はとにかく、全体の様子を知ることができなかった」。一度は神奈川の実家に戻るが、自然に慣れた体に都会の水が合わない。そのままあちらこちらの農家を渡り歩き手伝いをしていた時、橋本オーナーに森羅塾を紹介してもらい、明日香村へと縁がつながった。
この地で早2年。今年も母屋前の稲が黄金色に染まる。シェフが1年で、最も美しいと感じる季節だ。料理には、通常マクロビオティックでは使用しないフルーツやスパイスなども使う。旬の食材で作るサルサソースは、シェフ一番の自慢だ。「ここは日本らしい食事を楽しんでいただく場所。もちろんマクロビオティックが基本ですが、それにちょっと色付け」。アメリカ文化に憧れ、その料理を学んだ高橋シェフだからこそのマクロビオティック。明日香村の四季、古民家の風情とともに堪能したい。