東日本大震災で流された岩手県陸前高田市、高田松原の松で観音像を彫り被災地に届ける「あゆみ観音プロジェクト」が、奈良を中心に全国で進められている。プロジェクト代表の當麻寺中之坊・松村實昭院主とともに、制作・指揮をするのが大仏師の渡邊勢山さんだ。
勢山さんは総高9メートルの観音像を始め全国で数々の仏像・仏画を修復、制作しており、奈良では信貴山朝護孫子寺の本尊、當麻寺中之坊の導き観音様の修復を手掛け「大仏師」の称号を持つ。
このたび、陸前高田市と葛城市の縁で被災松を使って仏像をという話が松村院主のところにあり、松村さんが勢山さんに協力を依頼した。
「実は最初はお断りしました」と勢山さん。”千年先に残る仏像を作る“ことが信条の勢山さんにとって、松はヤニが多く仏像彫刻に向かないし、何よりこちらの思いを押し付けるだけではないか、被災地の人が本当に必要としているのかという懸念があったという。
再度の依頼に、それなら現地に行って確かめようと松を見に陸前高田へ。松は気にしたヤニも出ておらず思ったより状態が良かった。これなら彫れるのではと確信し、次いで地域の長老・佐藤直志さん、漂流していた高田松原の松を集めていた製材師の村上富夫さんたちと話をした。勢山さんは仏像を依頼されると、そのお寺に出向き、檀家さんや地域の人たちに会って、仏様のいらっしゃる背景を確認する。
彼らとの出会いが勢山さんの心を動かした。佐藤さんは震災の一週間後には早、そばの種まきをし、復興にとりかかっていた。「先祖代々津波の被害に遭ってきている。壊されたらまた作ればいい」と淡々と話し仏像制作を喜んだ。誰のせいにもしない、誰にも頼らない佐藤さんの生き方に心打たれ、自分も力になれたらと思った。またこの震災で娘を亡くした友人から仏像制作を依頼されていたのだが、その娘の嫁ぎ先が偶然にもこの地域だったことも知った。「偶然が重なったことや、土地に生きる人の熱意に打たれ、彫像を決意しました」
彫る仏様は、鎮魂の仏様ではなく力強く前を向いて復興していく仏様であってほしいとの思いもあり、かつて修復を手がけた當麻寺中之坊の導き観音様に手を引かれながらも、確実に歩を進める「あゆみ観音さま」の姿が浮かんだ。そして被災地を忘れないようにできるだけ多くの人に一刀ののみ鑿入れをしてもらうことにした。木くずは勢山さんのスタッフが用意したお守り袋に入れ観音様の分身として持ち帰ってもらう。
3月6日、當麻寺中之坊で導き観音様にご祈祷の後、10日に第1回鑿入れ式がスタート、6月以降も當麻寺や唐招提寺、東大寺などで開催するほか勢山さんの縁のある県外のお寺など20数か所で、夏には東北も回る予定。
参加者に鑿入れを指導する勢山さんは、大仏師を感じさせないほど温和で気さくだ。「”一人一仏運動“を唱えていた師匠の教えです。人の心の中には皆仏様がいる。その仏様を引き出すような仏像を彫るために常に謙虚であれと」。関西に避難してきた人など被災地に縁のある方に特に参加してもらいたいと話す。「この観音様とご縁を結ぶ人を全国にたくさん作りたい。ぜひ支援の輪にご参加を」と呼びかけている。