「あんた、飲みすぎよ。顔に肝臓が悪いサインが出とる」と軽くにらまれると、「はあ〜、またお目玉いただきました。これでも気ぃつけよるんよ」と、感謝しながらの軽口。村で出会った初老の男性と俊成輝子さんの会話だ。
「何しか不安なのよぉ」。介護認定の申請に来た老母とその娘の訴えに、終始笑顔で相づちを打ちつつ耳を傾け、「年いったらみんなそうなるんよ。しんどいときはがんばらんで、元気になったらやりゃいい」と、支援や介護申請についての相談に乗る。
奈良県の西南部、高野山に隣接し、奥高野と呼ばれる野迫川村。総面積の9割以上を山林や清流が占め、わずか508人の村民が、川筋に沿って点々と住まう。小学生16人、中学生5人、高齢化率43.9%という過疎の村で17年間、保健師として村民の健康増進に尽力してきたのが俊成さんだ。
南国土佐生まれ、高知県内の保健師専門学校を卒業後、大阪府下の民間病院で看護師や保健師として働く。医師、看護師、栄養士それぞれの専門職はいるがトータルに語れる人はおらず、総合ケアの難しさを感じていた。また、看護学校実習生の時の経験から、医療は入院中だけではなく、日常生活のケア(未病)が大事なんだとの思いを強く持っていた。そんな時、村が保健師を募っていると知り、採用試験に臨む。雪を知らなかった彼女だが、赴任後1、2か月は連日雪。「こりゃすごいところだ。続くだろうか」と、雪道を通ったという。
仕事は、乳幼児から高齢者までの定期健診、予防注射、健康相談、育児指導、保育所での虫歯予防教室、高齢者の介護や施設入所の相談・認定、予算要求や補助金申請までと幅広い。「忙しいけれど、住民一人ひとりの顔、名前から健康状態、家庭事情に至るまでわかる村で、思うようにやれるのが面白いし、やりがいがあります」と。
着任当時、健診者の3割が肥満(全国平均2割)。車に頼った生活と、手が届くところに食べ物がある(貯蔵品)ことが原因だと思われた。予防教室を開催し、運動不足解消のため歩くこと、過食の戒めを呼びかけた。最初は「食べんと力が出ん」と抵抗した村人だったが、根気よく説得し続けた結果、「おかげで体調が良うなったよぅ」と礼を言ってくれる人も現れた。
その地域に根ざした取り組みが認められ、今春、地域医療に長年貢献した人に贈られる「第41回医療功労賞」(読売新聞社主催、厚生労働省、日本テレビ放送網後援、エーザイ(株)協賛)に選ばれた。「この人は村の財産よ」「不安や悩みを丁寧に聞いてくれて、元気づけ安心させてくれる」と、村に溶け込み、なくてはならない存在の人として評が高い。
「医療が遠い(診療所があるのみ)ために、最期まで村で、という願いがかなわないのが弱点」と悩みつつも、朝から晩まで笑顔で村内を駆け回る。そんな毎日の彼女の癒やしの一つは、飼い犬との散歩。2011年秋の台風12号豪雨災害で被災し転居を余儀なくされた住民から託された犬だ。いま一つは、村の自然。「ここは山を見上げるのではなく見下ろせるところ。秋の雲海をはじめ、絶景ポイントがいっぱい」と目を細める。