蓮の花に白い子鹿が鎮座するトロフィー。神秘的な存在感を放つ。2012年9月に開催された奈良国際映画祭、ゴールデンSHIKA賞受賞者に贈られたものだ。作者は吉水快聞氏。800年もの時を超え、鎌倉時代の仏師快慶に学び技を受け継ぐ、若き仏師であり彫刻家である。
小学生の頃から美術など手を動かすことが好きで高校は美術科に進学した。この頃、仏像にはほとんど興味がなく、生き物などの創作をしていたという吉水さんは浄土宗のお寺の長男。「近過ぎたのでしょうね」。大学は彫刻に関わる技法や技術を学びたい一心で東京藝術大学へ。彫刻を学ぶにつれ、日本の彫刻の原点の一つは仏像であると再認識。「奈良にはなんて多くの国宝、重文の傑作があったのか」と気付き、仏像を学び始めた。大学院では文化財保存学を専攻し、仏像模刻や文化財修復を本格的に研究し博士号まで取得した。
博士課程では、現在の阿弥陀如来立像の原点の一つと考えられる快慶作・東大寺俊乗堂蔵阿弥陀如来立像の模刻研究に取り組んだ。「阿弥陀如来は実家の本尊であり、幼い頃から身近な存在でした。中でも快慶の作品は、完璧なバランスと仏への敬意が随所に感じられるまさに傑作です」。どんな素材、技法が使われていたのか。大陸からもたらされる新しい文化や思想、飛鳥・天平・平安と受け継がれた日本の伝統文化を受けて、快慶が何を創り出そうとしていたのか。模刻を通して追体験する。「木の寄せ方、彫り方、彩色、それぞれに卓越した技がありました。そして、それをまとめ上げるセンス……。いつしか快慶自身に当時の技術と心を教わっているように感じました」
『伝統は心の伝承』 吉水さんが大切にしている言葉だ。「表現するために様々な技術を学んできました。模刻や修復を通して、長い歴史の中、大切に守り伝えてきた先人たちの精神に触れることができ、これを現在に活かし、また新たに繋げていきたいと思いました。これが伝統なのかもしれないですね」
仏師ともう一つの顔は彫刻家。「蛙」「龍魚(アロワナ)」「伝々虫(でんでんむし)」など創造彫刻は独特の世界感を持つ。「神格化されたものやその空気感が好きでね」。顔料、漆、金箔、截金と先人から学んだ技が施され、写実的であり抽象的な作品に仏師の美意識が生かされている。
「創作彫刻も、仏像も200年、300年と残るものを作りたい。そしていつか快慶を超える新しい時代の傑作を」と吉水さん。繊細な一彫りに快慶の姿を見たようだった。