耕作放棄地が増えている。荒れた田畑は景観を壊し生態系を狂わせ、人にも影響を及ぼす。そんな問題を解決したいと、大和郡山市矢田山で里山再生に取り組んでいるのが松川一人さんだ。だが単なる再生ではない。経済と雇用を生み出す里山ビジネスだ。現在、矢田山で3ヘクタールの土地を管理し、6人の研修生と共に日本の原風景を取り戻そうとしている。
松川さんは、堺市に生まれ、大阪で会社を経営していた。仕事は順調だったが松川さんの中では何か物足りなさがあった。「このままお金儲けだけしていていいのか?」そんな折、母親が亡くなった。里山が大好きで、いつも地域にできることを探している人だった。「母の好きだった里山を取り戻そう」と決意。5年前、自分の理想を求めてたどり着いたのが矢田山だ。まちに近く人が来やすい、宿泊施設もある。松川さんが思い描く里山ビジネスに、うってつけの場所だった。
早速、1500坪の土地を農地法で賃貸し、認定農家を取得。矢田山に移り住んだ。まず地元の人たちに信用してもらうことが第一と、周辺の草刈りや整備をどんどん行った。一人のよそ者が突然山を整備し始めたから、最初は奇異な目で見ていた地元の人たちも、一生懸命やる松川さんの姿を見て、徐々に理解者が増えてきた。
また理事数人で(社)里山自然農法協会を立ち上げた。農薬、化学肥料をいっさい使用しない自然栽培による田畑で生き物を保護したい、との思いだ。支えてもらうボランティア組織「なごみの会」も結成、80人が活動する。さらに本格的な人材育成にとりかかった。3年前に同法人による里山自然環境整備士資格を定め、初級、中級、上級検定を設けた。大学教授などが講師に関わり実践する専門家を育てていく。
次いで2年間の研修制度を設置。研修生には給料を支払う。研修と言っても農業研修だけではない。事業の企画や予算の立て方、企画書の書き方、プレゼンの仕方、原価計算の方法など、ビジネスとしてのノウハウを教える。受講者は全国から来ており、今の研修生6人は、千葉や京都から参加している。千葉の椎名啓太さん(24)は、松川さんの活動をインターネットで知り駆けつけた。山元深雪さん(45)は、今まで介護士として勤務していたが、人間の尊厳を守れる場所を創りたいという思いから松川さんに賛同し退職、京都から移り住んだ。いつかはここに福祉施設をと夢を持つ。皆若いのが特徴だ。
ここでは「矢田山自然塾」として、年中を通して小中高校、大学からの体験の受け入れ、障害者の体験受け入れ及び雇用の準備を行っており、研修生たちがリーダーとなって仕切る。ひきこもりなどで悩む子たちもここに来て元気に学校に戻っている。
今進めているのは「里山ワンダーランド計画」。企業に協力を仰ぎ、荒廃竹林を生かして竹を資材としたツリーハウスを造ろうという一大プロジェクトで、11月下旬にはお披露目され空中茶会が開かれる予定だ。「日本の原点である奈良から、里山問題を解決していきたい。だからまず奈良の人に里山の大切さを知ってほしい」。すでに全国各地から引き合いの声がかかる中、あくまで奈良にこだわりたいと松川さん。その先は確実に見据えられている。