松尾芭蕉の故郷と知られる三重県伊賀市。朝霧かかるこの盆地を、芭蕉が愛した紅花でいっぱいにし、地域を元気にしたいと仲間と共に立ち上がった人がいる。「紅ばなネット」代表の峠美晴さんだ。
活動のきっかけは、8年前に伊賀市で1年を通して開催された「生誕360年芭蕉さんがゆく 秘蔵のくに 伊賀の蔵びらき」。老若男女問わず住民が自ら参画し、伊賀の魅力を全国にPRするイベント事業だ。
この事業全般の運営に携わることとなった峠さんはこの時、ひとつの句にひかれた。『眉はきを 俤(おもかげ)にして 紅粉(べに)の花』。芭蕉が山形県で紅花を見て詠んだ句である。女性の唇を彩る口紅や、高貴の人が身にまとう赤やピンクの着物の染料、血行促進作用のある生薬として重宝された紅花。現在は、山形県が産地と知られているが、芭蕉が生きた江戸時代には伊賀も山形県に次ぐ産地であった。「芭蕉さんは故郷・伊賀への想いも込めて、この句を詠んだのではないかな」
この紅花を伊賀に広め全国に発信したいと、自ら「紅花ぷちプロジェクト」を立ち上げた。まず山形県を訪れ畑を見学。種を取り寄せ、伊賀の農家、個人や団体に呼び掛け、休耕田やプランターで紅花を栽培し、観光客を出迎えた。「紅花が広がるとともに人の輪も広がる。それがまたうれしくて」と峠さん。
事業終了後も賛同する仲間と、人を繋ぐという意味を加えて「紅ばなネット」と名称を改め活動を続けた。「でもね、紅花は繊細でうまく育たず普及しなかった」。連作障害を起こす、高温多湿を嫌う、開花時期に雨が降るとカビが発生しやすくなるなど、定着させるには問題も多かった。協力者である農家の古川節郎さんは、土作りから試行錯誤を重ね、やっと毎年約5万本の紅花を栽培するまでになった。
現在、会員は会社員や主婦を中心に約35人。一つひとつ摘み取った花は、地元店舗に呼びかけコラボ商品を製作。皮に紅花を練り込んだ上用饅頭や葛饅頭は今年も発売が決まった。また、地域活性化という同じ想いを持つ、「伊賀・島ヶ原のおかみさんの会」が運営するカフェでは、『紅花TEA』や紅花を使った料理を提供。そして、昨年からは紅花油などの製品化を検討している。「紅花栽培を真に地域に根ざすものにするためには、継続が必要で、紅花栽培が生産者の収益になることが目標。そして休耕田の利用や、高齢化の進む農家さんの地域交流に繋がれば」と峠さん。
紅花で人を繋ぐ。「古川さんと仲間がいたからできたこと。出会いは私の宝物でありエネルギーの源。働き盛りの私たちが積極的に地域づくりに関わり、地域を元気にしたい」。峠さんの周囲には紅花のような明るい笑顔のネットワークが広がっている。