古代、倭国の中心であった巻向の近く、桜井市穴師は、山の辺の道をはじめとする歴史と自然が豊かな美しい場所だ。ここで数少ない大和(ニホン)ミツバチを養蜂しているのが上田育男さん。まだ始めて5年弱だが、数十万匹の大和ミツバチを養っている。
ハチには西洋ミツバチと東洋ミツバチがいて、大和ミツバチは東洋ミツバチの一種だ。ミツバチが集める蜂蜜は、健康面、美容面から多くの効能があるとされ、重宝されてきた。実際、現在市場に出回る蜂蜜の95%が輸入で西洋ミツバチのもの。割と簡単に養蜂できる西洋ミツバチに対し、大和ミツバチは野生で定住性が低く、養蜂は困難とされる。また西洋ミツバチは1年に何度も蜜を採取できるが、大和ミツバチは1年に1〜2度しか採取できないなど、収益も上げにくい。
巣箱は3段〜5段重ねて置く。中にミツバチが入って巣を作っていくわけだが、設置箱の3割ハチが入ればいい方だ。1箱に入るミツバチは数千〜2万匹。また1匹のミツバチが一生に運ぶ蜜の量は小スプーンたった1杯だ。よって純度百%の大和ミツバチの蜜は希少価値。その分、値段も高額だが味は格別で、さらっとした西洋ものに対して濃厚で非常に甘くツヤがあるのが特徴だ。
上田さんは5年前に養蜂と出会った。たまたま山に入った時に巣箱を持った人に出くわしたのがきっかけだ。興味が湧いて見よう見まねで巣箱づくりから始めた。本職は大工の棟梁で、16歳から親方のもとに修業に入り、21歳で独立。持ち前の器用さで社寺の宮大工まで務めてきた腕前ゆえ、巣箱は見事な出来栄え。だが養蜂は、単に巣箱を置いておけばミツバチが入って蜜が集まるような甘いものではない。その地域のミツバチの生態系の把握や、巣箱の清掃、害虫からの防御など1年を通した管理運営能力がなければ到底できるものではない。
しかし難しいとなれば闘志が湧くのが上田さんの性分で、悩みながら勉強し、研究会などに出席。そこで大和ミツバチ研究所所長の吉川浩さんと出会った。以来、理論は吉川さんから、大工の長年の経験から箱の改良などは上田さんが提案し、二人三脚で歩んでいる。吉川さんは春日原生林のミツバチを、上田さんは三輪山のミツバチを主とする。
西洋ミツバチはその時々の1種類の花の蜜しか吸わないのに対し大和ミツバチはいろんな花の蜜を吸う。よって大和ミツバチの蜜は「百花蜜」と呼ばれるぜいたくな蜜となるのだ。この山の辺の道は果樹園が豊富で、まさに適所だ。何よりミツバチの受粉作業は自然の生態系に大きな影響を及ぼす。「ミツバチがいなくなると受粉作業ができなくなり、植物が減退し、動物が育たなくなります。我々の命まで脅かされるほどの役割を担っているんです」と、真剣に話す吉川さんの横で、照れくさそうに上田さんがつぶやいた。「今の時代、何が大事かをミツバチを通して、伝えることができて、穴師をハチコミュニティーの場所にできたらええなあと思うて」