春風が吹きぬける奈良市東部・旧都祁村に、仲間と共に自然農法でお茶と野菜を育てる青年がいる。健一自然農園代表の伊川健一さんだ。
「自然とともに生きてみたい」。幼い頃から野山や海が大好きだった伊川少年が、15歳の頃に選んだ道だ。高校在学中から生きる力と知恵を学ぶため、週末には三重県の『赤目自然農塾』へ通い、自然農法の基礎を学んだ。周りから「変な子や」と言われたが、草や虫たちと共存する、農業にどんどんひかれていった。卒業後、「この農法で農家になる!」と、理想と若きエネルギーを武器に農業の世界に入っていった。当時、まだあまり知られていなかった自然農法。『何を言ってんだこの兄ちゃんは』という視線を感じながらの農地探し。知人をつたって都祁村へ。ようやく借りることができた土地は何年も放置されたジャングルのような茶畑だった。「これを掘り起こして畑にするにはどうすれば……。って頭を抱えていたら『お茶作ったらいいやん』って言われちゃって」。ここから伊川さんのお茶栽培が始まった。
右も左もわからないお茶栽培。地元の農家を訪ね、通りがかりのおじさんにもアドバイスをもらった。1年目は刈り込むだけ。季節が変わり、新芽が出る。2年目の春にはわずかだが24キロのお茶が摘めた。「初めてのお茶は、お世話になった方々に配りました」。利益は出ないが、なんとか形になったのが3年目のことだった。ブレることの無い信念を抱き、ひたすらお茶と向き合う伊川さんの姿に、手伝う仲間が増え、借りられる畑も次第に増えていった。「農業は出会いの連続です。縁あって貸していただいた畑。たくさんの方との出会いに感謝して、畑には名前をつけます。ここは福井さんから借りた福を招く『福の畑』」と茶畑を見渡す伊川さん。
19歳で就農してから12年。『21世紀は次世代に繋ぐ持続可能な社会になっていくのでは』と考える伊川さん。環境保全型農業としての自然農法を職業とするため、生産、販売はもちろん、イベントの開催や講演、企業とのタイアップと活動の幅を広げ、今年2月には大和茶情報発信基地として大和郡山に自然茶カフェ『菊茶天』をオープンさせた。多角的に事業として展開することで、自然農法に携わる新たな雇用の場も生み出している。また、担い手を育てるため2年前から研修生を受け入れ、来春には、27歳の青年が新たな自然農園を開く予定だ。
「たった一人が、二人三人と広がっている。都祁村、山添村、大和高原に、美しい緑の畝がよみがえる楽園を作りたい。いつか世界も変えられるんじゃないかな」。伊川さんのまなざしに、自然の恵みとともに生きる人の強さと優しさを感じた。