長い歴史の中、ご神木として人々によって守られてきた吉野の桜。最近、老衰や立ち枯れ、ナラタケ菌の問題などで減少の危機が叫ばれており、企業や団体なども保護の支援に動き出している。そんな中、現場の最前線で桜を守る人がいる。吉野山保勝会(福井良盟理事長)の桜守、一杉甲子彦さんと紺谷與三一さん。このたび、台風で倒れた桜木を整理するという二人に同行した。
大きな木が根元から折れ、近くの木を巻き添えにして倒れていた。「台風ぐらいでは倒れんような立派な木やったんや。それが根っこにナラタケ菌が入って腐りかけてたんやな。最近はこの菌の被害が多くてな」。チェーンソーや鉈を振るい倒木を細かく切り、若い木の上方に積み上げる。そこに土や葉がたまり腐葉土となる。整備された土地には光が差し込むようになり、苗木が植えられる。「倒木もまた新しい命につながります」と二人はうれしそうに話した。
一杉さんは材木会社で働く一方、国立公園吉野山の整備を手伝い、17年前に桜を守る作業に専念。紺谷さんは、1998年、台風被害で倒れた桜の整理を手伝ったのをきっかけに、保勝会に加わり作業員となった。毎朝7時半から、普通の人では立っていられないような急斜面で作業が進められる。草刈り、苔取り、寄生樹の除去に倒木整理、仕事は尽きない。
また、紺谷さんは自畑で桜の苗木を育てている。吉野の桜の多くは寿命約100〜130年と言われるシロヤマザクラ。放置すれば老衰し、この景観は守れなくなる。8年前「このままではいかん」と、紺谷さんは山で一番美しいシロヤマザクラの桜木を探した。老いてもなお力強く花を付ける、樹齢120年の老木。この木を母樹とし、サクランボを拾い集め、種を取り出す。「木も人と一緒。わしにとったら孫のよう。元気で丈夫な木になれよと祈りながら畑で4〜5年育て、山に植えてます」。幼木や弱い木は病気になりやすく、丈夫な木でも、鹿に木肌や新芽を食べられることも。「初めは苗木の植え方すらわからんかったが、今では桜の気持ちがわかる気がする」と、”孫たち“に話しかけながら様子を見回る紺谷さん。こうして毎年100本ほどの桜の苗木が植樹されている。
昨年は、復興の願いを込めて東日本大震災の被災地、福島県いわき市のお寺へも献木した。
尾根から尾根へ、谷から谷へ、吉野山の春は3万本の桜で染まる。「みなさんの支援あればこその吉野山です。わしらはそれを桜に伝える花咲か爺さんじゃ」