「獣医の先生、こんにちは!」。子どもたちに迎えられたのは、獣医師の三本隆行さん。診療の合間に小学校を訪問し、飼育環境の指導と、命の大切さを伝えている。この日は奈良市鳥見小学校での授業だ。飼育小屋には4匹のウサギ。床にはきれいなワラが敷かれ、気持ちよさそうだ。外には草を食べ自由に走り回れる遊び場もある。「初めはニワトリとウサギを同じ小屋で飼い、床は穴ぼこだらけだったんですよ」と三本さん。
活動の発端は13年前のこと、”学校のウサギの赤ちゃんが育たず、次々に死んでしまいます“という手紙が児童から来た。訪ねてみると、衰弱したウサギをどうすることもできずただ見守る児童と教師の姿があった。「少し環境を整えてあげるだけで状況はよくなる。学校飼育の現場が、動物も子どもも、先生も、つらい場所になっていると痛感しました」
獣医師としていたたまれない思いにかられた三本さんは、正しい飼育方法を伝えようと、一人で数校を訪問。初めは不審に思われ追い返されることもあったが、噂が広まり依頼が増えていった。次に、所属する奈良獣医師会で学校飼育動物委員会を発足、賛同する仲間と本格的に活動をスタートさせた。「ウサギってどんな動物なのかな? どんな場所が好きなのかな? 君はキレイな部屋と汚れた部屋とどっちが好き?」と児童に問いかける。そうするだけで、ただ飼育しているという状態から、動物の立場になって飼育するように子どもたちが変わっていった。
飼育環境は数回の訪問で改良され、活動の中心は犬や猫など動物を連れての訪問に。「ペットを飼えない家も多く、こうして動物と触れ合う中で温もりを感じてくれれば」と思い立ったからだ。また、保護司でもある三本さんは、6年前から少年院などの施設へも通っている。動物を目にするだけで、緊張している少年少女たちの様子が変わる。動物を抱いて、聴診器を胸に当て、命の音を聞く。そうすると今まで見たことのない表情を浮かべ、中には涙を流す子もいるという。「動物の力はすごいです。言葉は伝わらなくても、小さな命の温もりで、人を素直に、優しい気持ちにさせてくれる」と三本さん。
今日の授業のテーマは”命をつなぐ“。「みんなは何のために生きているのかな?人も牛も犬もウサギも昆虫も、嫌いな人が多いゴキブリだって、ちゃんと何かのために生きている。そしてみんなの命がつながって生きているんだよ」。獣医師として保護司として今後も三本さんは、優しい命の温もりを伝えていく。