『伊勢に行きたい伊勢路が見たい せめて一生に一度でも(伊勢音頭)』と江戸時代の庶民が夢にまで見た”お伊勢参り“。榛原を出発し、9つの峠を越える約100キロを歩く旅。この伊勢本街道の環境整備をすることで、地域の活性化、お伊勢参りという文化の保存・継承に取り組む『伊勢本街道保存会』を発足させた人がいる。山下正樹さんだ。
海の町、広島県呉市で生まれ育った山下さん。銀行を退職後、海洋生物の宝庫である高知県柏島で、自然を実感し、活かし、守る、NPO法人『黒潮実感センター』の設立に加わった。また、四国八十八ヶ所霊場を巡り、遍路道の整備やしるべ札をつけるボランティアにも参加した。「柏島は人口550人ほどの島に、海の自然にひきつけられた観光客が人口の約40倍も訪れます。千年以上も続く四国遍路も『へんろみち保存協力会』の活動によりここ10年で歩き遍路さんが約5倍に増えています。同じことが奈良でもできるのではと考えたのが始まりです」
奈良にはお伊勢参りが盛んだった頃に賑わった『伊勢本街道』と呼ばれる道がある。榛原から険しい峠をいくつも越え、伊勢へ向かう最短ルートだ。「初めてこの道を歩いた時は雑草が生い茂り、木が倒れ、獣道のようでした。しかし常夜灯や道標、旧旅籠、細くうねるように続く旧道の名残を見ることができました。ここをもう一度、旅人が安心して歩ける道にしたい」と活動を始め、平成21年6月に『伊勢本街道保存会』を設立させた。
メンバーは遍路の経験者、学識経験者、地域の旅館経営者など約20人。道中の除草作業や倒木・落石の撤去、間違いやすい分岐点などに手製の『おいせまいり』のしるべ札をつける環境整備と、年1回は一般の人を対象とする3泊4日の歩く『お伊勢まいりツアー』を開催している。「今は便利になり過ぎたんやないかな〜。歩くという不便なことで得るものがあります。今日中に宿に着けるかどうかわからない道中、おにぎり1個、水1口がありがたく、地域の方からの労いの言葉や交わす挨拶がとてもうれしいものです」
保存会には街道沿いの住民や行政などと協力し、個性豊かな地域創りという活動目的もある。「自然も文化財も地域の方の協力なくしては守れません」と、草刈りや”お接待“の協力を呼びかける。逆に祭り行事や藁葺屋根の葺き替えなど人手の必要な地域の作業には保存会も参加する。「お伊勢参りとは旅人を迎える”お接待“の文化。この文化を次世代につなげ、街道沿いが人の行き交う元気な町になれば」と山下さん。