大和茶の産地で知られる奈良市月ヶ瀬。山あいの斜面をうねるように茶畑が広がり、新芽の季節には、まるで淡い黄緑色のじゅうたんを敷き詰めたかのような風景になる。朝もやの中に浮かび上がる茶畑は、絶景そのものだ。
その茶畑を横目に、車1台分ほどの道幅をガタゴトと音を立てて突き進むと、突然目の前に、巨大な岩が出現した。整備された茶畑の山肌に、大きな岩が数個むき出したような状態だ。そして、1本の柿の木が枝を広げ、周囲に樹齢数年の若い茶樹が植えられている。急斜面を駆け上がり、岩から岩へと飛び移りたくなるような、そんな冒険心をくすぐられる景色だ。
「これからが楽しみな畑です」。笑いながら話すのは、紅茶栽培に挑む「月ヶ瀬健康茶園」の岩田文明さんとルナさん夫婦だ。遊び心が顔を出すような土地の特徴を活かして、「茶畑の迷路を作ろうと、子どもたちと一緒にルートを考えながら茶樹を植えた」と話す。さらに、親子で茶摘み体験もできるなど楽しめる紅茶畑にしたいと続けた。
岩田さん一家は先祖代々続く茶農家。文明さんが会社員時代、イギリスで飲んだ喉越しの良い紅茶の味が忘れられず、11年前に家業を継ぐと同時に、手探り状態で紅茶栽培を始めた。「茶農家なのになぜ紅茶を作らないのか」という友人の言葉に後押しされたとも。妻のルナさんは夫をサポートして8年目を迎える。
最初は古文書を取り寄せて読み込み、資料通りに作業して茶葉を計測し、各工程のタイミングを体で覚え込んだ。一番苦労したことは、茶葉を乾燥させて、しおらす加減や、酸化発酵させるためにちょうど良い揉み加減など。いつも不安だったと苦笑いする。
「食べると違いがよくわかりますよ」。ルナさんがニコッと笑みを浮かべ、茶畑から新芽の先を摘んで差し出した。強い渋みが口の中を覆い尽くす。「この渋みが紅茶の良さです」と文明さん。扱う品種は緑茶品種を紅茶に加工する「春摘み」(一番摘み)と「夏摘み」(二番摘み)、紅茶品種の「べにふうき」「べにひかり」「べにほまれ」の計5種類だ。
日本産紅茶はダージリンやアッサムの系統を受け継ぎながらも、一味違った個性豊かな味わいが特徴だという。この味わいを存分に楽しめるような茶器を工夫したり、飲み方もストレート以外にハーブや蜂蜜を加えるなどのアレンジティーを提案したりするなど、夢は果てない。また、茶畑を眺めながら紅茶を楽しめる「ティーガーデン」も計画中だ。
何よりも紅茶葉作りで大切にしていることは、無農薬で化学肥料を使わない有機栽培の徹底。自然と体が求めるような、飲むほどに飲みたくなる月ヶ瀬産紅茶ならではの味と香りを求めて、夫婦の挑戦は続く。