二上山山麓、旧家が建ち並び、自然が残る静かな村・穴虫にある三角屋根の建物があなむしガラス工房だ。主は連日、1200度あまりの窯で溶けたガラスをパイプに巻き取っては、息を吹き込み、汗みずくで吹きガラス制作に取り組む矢野学さん。
冷えて形を成したガラスは硬いが、窯から取り出したばかりのガラスは、非常に熱くやわらかい。当然ながら素手では造形できず、金属のパイフと道具を使い、膨らます、垂らす、伸ばす、ねじるなどを繰り返し、色を入れ、模様を付けながら形にしていく。
一瞬の気の緩みも許せないほど、刻々と姿を変えていくガラス。そのスリリングさが、魅力と。
「ガラスの一瞬で決まる面白さにはまりました」「それとガラスのやわらかさ、曲線に惹かれます。自然の中には直線がほとんどないけれど、ガラスも同じです」と矢野さん。冷たいものと思われがちなガラスに温かみを感じると言い、またそういう作品づくりをしたいとも言う。
生誕地の隣町が益子焼の産地、母親の好きだった陶芸を見て育ち、陶の世界は上等で、ガラスは硬く冷たく軽薄だという偏見に似たものを持っていた。が、あるとき現代世界ガラス展を鑑賞、その形のやわらかさ、曲線の美しさに衝撃を受け、以後趣味として高取町のガラス作家・細井賢紀氏の下に通った。
コンピューターシステムの仕事で連日徹夜が続き、心身ともに疲れ、40歳を超えた頃、悩んだ末、「人生の折り返し点。後がない!」とアテは無かったが惹かれていたこの世界に飛び込んだ。「家族には経済的にも不自由をかけてきました。子どもに何を与えられたかと自問自答の日々です。人には勧められないなあ」と苦笑する。
あたりは緑の宝庫、工房の窓を彩る季節があり、一歩踏み出せば、かわいい花をつける野草や春夏秋冬葉の色を変える木々、年間30種にも及ぶ野鳥の飛来、その自然の一つひとつが感動ものだという。「例えば、この葉っぱ。葉の付き方、葉脈、この自然な曲線……、実に精妙なんです、鳥などもそう。羽の色の組み合わせの美しさとバランス、自然の造形の見事さ・美の法則はすごい、私たちの美観はそこから作られている」と、植物や鳥など自然の話になると止まることを知らない。「何て花の葉っぱかな?」。愛読書の葉っぱ事典やネットで調べ、わかったことを写真とともに知己に“あなむし便り”として発信。
「この不思議なほどの美しい自然に少しでも近づきたい」。エキサイティングでライブ感あふれる創作の合間を縫って、穴虫の自然に遊ぶ。