標高約500mに位置する山添村の小さな集落に全国からオーダーが入る手作り自転車工房がある。"自転車作家"の竹内弘昭さんは、神野山「めえめえ牧場」で勤務するかたわら、ロードレーサー向けのフレーム制作を主とし、依頼によっては競技用車椅子・競技用三輪車・変わった自転車など、様々なジャンルの自転車を手掛けるほか、ツアー・オブ・ジャパンの公式審判員なども務める。
大学時代、自転車競技部に所属するレーサーだったが、微妙な長さ、角度で乗り心地が変わる構造に興味を持った。卒業後は自転車製造会社へ!とはうまく行かず、一旦は自転車部品の営業職に就いた。しかし夢を捨てきれず、気になる工場を見つけた竹内さんは、何度も通い、いつしか教えてもらえるようになった。その工場は、人気ブランド・ケルビムを作る今野製作所。6年間の修業で技術を習得し、自分の工場を持つ決心をした。
元々田舎暮らしに憧れていた竹内さん。各地で物件を探した末、「妻がインターネットで村の小学校や景色を見て、学校に通う娘のためにも絶対ココ!と決めました」。そして一家は10年前に神奈川の都会から山添村に移住、自宅近くに倉庫を借り、『山伏工房』とした。
竹内さんの作るフレームは"クロモリ"と呼ばれるスチールの一種を使う。手に入りやすい軽いアルミ合金やカーボンフレームが主流であるなか、硬さの中に独特のしなり、乗り心地の良さなどからクロモリにこだわって制作を続けている。クロモリの欠点は錆びる事。湿気の多いこの地域では作り置きが出来ない。完全オーダーメイドの同工房ではシーズンになると近畿各地のショップや個人から依頼があり、断らざるを得ないこともしばしば。「たくさんは作れないからこそ作りたいものだけを作れているんです。依頼者と話し合い、構想を練っている時も楽しいんだよな〜」。
話の後、ここに来る決め手になった旧西豊小学校に三輪車を持って出掛けた。神野山の中腹にあり、そこからの眺めは茶畑や山の緑が広がり、遠くに伊賀の町並みが見えた。
「この三輪車は廃校になって使われなくなった一輪車を使って作ったんだ。アメリカでは大型三輪車の大会もあってね、大人が本気で走るんだよ。カーブではこうやって外側の車輪を浮かして…」。無邪気に三輪車に乗ってみせてくれた。
「贅沢かもしれないですが、今のまま作りたい物を作っていきたい。楽しい自転車を作って奈良の町でたくさんの方に乗ってもらうとか、三輪の地で三輪車レースをするとか、めえめえ牧場にマウンテンバイクのコースを作るとか。村おこしにもつながればいいですね」。