吉野杉に囲まれた自然豊かな場所に野菜ソムリエでもあるコンフィチュール作家・東史さんの工房がある。五右衛門風呂が残る実家の横の空き家を改装した工房。前には完全無農薬の畑と、柚子の木。結婚を機に生活の基盤は橿原に移ったが、コンフィチュール作りは吉野の里で続けている。
コンフィチュールはフランス語でジャムのこと。「日本の一般的なコトコト煮込む甘いジャムとは違って、野菜や果物のフレッシュ感を大切にしたいから、素材に合わせた少量の砂糖を使い、火も必要最小限しか通さないんですよ」と、大きな鍋をかき混ぜる。材料は出来るだけ奈良県産・国産にこだわり、農園に足を運んで信頼できる農家から仕入れている。砂糖も奈良の砂糖専門店で、その年の野菜や果物の出来などに合わせて選んでいるという。
東さんは幼い頃から自然の中で新鮮な野菜に囲まれて育ち、大学でも食物栄養を専攻した。一旦は、設計事務所で建築士として働き、結婚後、橿原に移った。そこで今まで当たり前だったことが、ここでは違うことに気づいた。
「吉野では野菜は、家の畑やご近所から頂いた獲れたての野菜をいつも安心して食べていたんです。スーパーに行くと色も形もキレイな野菜が並んでいるのだけれど、どれを選んでいいのか分からなくて、この野菜はどこの誰が作ったものなのか? 何か薬が使われているのか? と考えると怖くなったんです」
そんな時、以前から興味があった野菜ソムリエの学校が奈良にあることを知り、単に野菜の事や選び方が知りたくて通いだした。そして「たくさんの人が野菜を好きになるきっかけを作っていけたらと思ったんです」
一度に収穫された野菜や果物が一番おいしい時の味を残すため、学んだ知識を活かしてコンフィチュ−ル作りを始めた。野菜ソムリエの学校で出会った農家の人や食品会社の方々、周りの人に助けられて始まった、コンフィチュール作り。今では、奈良・京都・大阪・兵庫の多くのお店で扱われる。フレッシュ感を活かしパンやデザートはもちろん、紅茶やジュース、ドレッシングやソースなど幅広い料理に使われている。
今人気なのが2種類のトマトのコンフィチュール。真っ赤な完熟トマトコンフィチュールはデザート感覚で楽しめ、完熟する前の青トマトのコンフィチュールはドレッシングや魚料理などソース使いにおすすめ。珍しい青トマトは酸味がきつく生では食べられないが火を通すことでおいしくなるそうだ。他にも、茄子や玉葱、梅などがあり、秋にはさつま芋やかぼちゃを使う予定だ。
今後は、もっとコンフィチュールを世間に広め、お菓子や料理の提案、食の楽しさを伝える講義や学びながら食すアカデミックレストランを展開していきたいと話す。のんびりとにこやかに野菜について話している姿はどこにこんなエネルギーがあるのだろうと思わせる。「お野菜ってね一期一会なんですよ。季節や産地、年によって違うから、楽しいし、大切にしたいなって」。