奈良盆地の東に広がる室生の山里は、古来龍神の住まう聖地とされてきた場所。石楠花で有名な室生寺の立つ室生山を中心に穏やかな山並みが続き、四季折々に美しい景観を見せる。
そんな室生の里に、築300年の古い民家を改装したギャラリーがある。オーナーは、山脇優喜美さん。平成7年に廃屋同然だった建物を買い取り、1年以上を費やして改装、ギャラリーにした。設計には、自身も知り合いの木工作家とともに参加、元の建物を生かしながら、室内に入る光と風にこだわったという。
庭席でお茶をいただきながら山脇さんが語ってくれたのは、家族同然に暮らしている愛犬や普段の生活の話。その姿はいかにも素朴で、田舎の暮らしに溶け込んでいるように思えるが、十年ほど前までは、有名百貨店のウィンドーディスプレイなどを手がける空間デザイナーとして、都会を駆け回っていたという。
「若いころは寝食も忘れて仕事に熱中していました。夜中まで働いて、タクシーで帰宅して、また朝早くに出社して。今思えば大変な仕事だったと思います。ただ、当時はそれが楽しかったし、やりがいも感じていました。でも、だんだんと“暮らし”というものにまじめに向き合いたくなってきたんです」。
25歳のとき、務めていたデザイン会社を退職。世界中を旅しながら、帰国すると依頼を受けて仕事、時間がとれればまた海外を旅する。そんな暮らしを、何十年も続けた。
世界を回りながら気づいたことは、いかに自分が日本を知らないかだったという。「向こうでは、当然のように、日本についていろいろと聞かれます。でも、私はうまく答えられませんでした。もちろん日本は大好きでしたが、その良さを説明できない。今まで見ているつもりで、何も見えていなかったことに気づいたんです」。
今でもその答えは見つかっていないそうだ。ただ、山里での暮らしの中で、気づいたことも多いという。話の中には、私たちが普段見過ごしていることが随所にちりばめられている。冬、花の少ない時期でも草木は春を待って、しっかりと準備していること、春の山は一色の緑ではなく、濃淡があること。「土と緑があり、鳥の声が聞こえる。自然の中で暮らすというのは、都会で生きるよりも刺激的かもしれない」。
ギャラリーでは月1回程度、旧知の作家らによる企画展を行っている。「作品だけでなく、背景にある作家の暮らしや生き方を大切にしたい」と語る山脇さんのプロデュースに、県外からも多くの人が足を運ぶ。また、年に数回は、国内外のミュージシャンを招いての演奏会も開催。音が周りの山々に反響して重厚さを増し、時には鳥のさえずりがハーモニーを奏でることもあるそうだ。
5月は山脇さんが特に好きだと教えてくれた季節。山々を眺めていると、確かに緑一つにも微妙に色合いが違うことに気づく。夢雲には木のぬくもりがあり、光が差し、風がそよぐ。この居心地の良さに、オーナーの人柄が表れているような気がする。