ピンクからオレンジへと、吉野の山並みや空を暖かな色で包む夕日。そんな夕日を思わせる優しい灯りを作り出しているのが、あかり作家の坂本尚世さんだ。
吉野郡大淀町にある坂本さんの自宅兼工房は、吉野の木をふんだんに使ったナチュラルな家。工房に一歩足を踏み入れると、ヒノキの香りが胸いっぱいに入ってくる。そこに並ぶ、吉野ヒノキと吉野和紙で作った灯りの数々。やわらかい色に心がふんわり包まれる。
坂本さんの実家は吉野の製材所。小さい時から工場を遊び場に、木に触れて育ってきた。短大を卒業後、インテリアの仕事がしたくて、設計事務所を経て、専門学校に通った。そこで出合ったのが照明デザインだ。居心地のいい居住空間に重要な要素となるのが照明と気づき、履修した講師が、灯りの師匠となった。
「照明は単なるインテリアではなく心理学であると。ライトテラピーという言葉を学び、とてもひかれました」。人間は太陽がのぼるとともに朝日をあびて、白日の下に仕事をし、夕日が沈む頃、家に帰りリラックスする体になっている。だから夜寝る前に蛍光灯を使うと脳がリラックスしないという。
ライトテラピーと言える、人に癒しを与える灯りを作りたい。そのための暗めのオレンジ色を作り出すものを探していたら、身近にあったのがかんなくずだ。「『あっ、これだ』と思いました」。
吉野のよさに気づいたのもこの頃だった。高校時代から大阪に10年通ってみて、普通の田舎だと思っていた吉野が、実はどんなに素朴で美しいかに気づかされた。
オレンジ色は、吉野の夕日の色。父もこだわった吉野ヒノキを使ってその色を出してみようと、師匠のところに押しかけて学んだ。ほか必要と思うことは何でもやってみた。木工教室で、かんなのとぎ方、木の扱い方の基本を学び、別の木工所に頼み込み、電動かんなの使い方をマスターした。木は呼吸しているので、反ってきたり色が変わってきたりする。そんな壁にもぶち当たりながら、薄くスライスした木の透け感をランプシェイドに生かしたもの、かんなくずを張り合わせたものなど、木を生かす作品を作っていった。
始めて2年後、「吉野 山灯りコンテスト展」イベントに参加。1年後には初の個展を開き、さらに、吉野和紙と組み合わせた作品づくりへと進化していった。
そして今、灯りだけではなく、スライスした木の板を張り合わせた光壁を発表、建築家の目にとまり、東京のショップや修善寺の高級旅館などに使われている。
吉野の木は植林して数百年もたって使われます。植林育成の技術と、自然の恵みがあってこそ育つもの。世界にも誇れる吉野ヒノキや杉を、もっともっと広めたい。同時に愛してやまない吉野をもっと知ってもらいたい」。
家の二階のベランダから吉野の山々と金峯山寺が見えるという。「毎日、今日の山はどうかなあって眺めています。季節やお天気によって日々変わる表情を楽しんでいます」。