日の出とともに起き、夜は月の光に目を覚ます。虫の鳴き声に耳を傾け、風の匂いを感じて筆を進める。自然のままに暮らし、絵を描く・・。画家の戸田勝範さんが、愛すべき旅浪の俳人・種田山頭火のような生活を始めたのは5年前。実家の山口から移り住んだ。
山頭火の生家が実家の近くだったこともあり、少年の頃から興味は持っていた。絵描きになりたかったが親に許してもらえず、大学に行きながら夜間のデザイン学校で学び、デザイナーとして東京に住み、ポスターやパッケージ、ラベルデザインなど多忙な毎日に明け暮れた。「デザインでは学んできた量で負けるから、人の3倍働きました」。夢中で働いていた頃、父が倒れ、山口に戻る。40歳だった。
そこで自分を取り戻すべく描いたのが山頭火だった。山頭火の句を独特の書でつづり、墨絵をつけた日めくりカレンダーを作ったところ、全日本DM大賞・特別賞を受賞。それはシリーズとなり、次は句と水彩画を組み合わせ、さらに解説文をつけるようになった。
「そのうち、コンクリートのビルの中では絵も文も描けなくなってきたんです。山頭火に近い暮らしをしてみなければわからないと気づいたのです」。
選んだのが日本のまほろば、奈良県であり、その西南端の野迫川だった。大学時代の友人が探してくれた古い民家に移り住んだ。「周りは皆大反対でした。地位も何もかも捨てて仙人のような暮らしをするわけですから(笑)」。
村の人たちは温かかった。「皆家族みたいな感覚です。朝起きたら採れたての野菜が置いてあったりして(笑)」。畑を借り、無農薬の作物の育て方も学び、自給自足を楽しんでいる。といっても自然の中で暮らすのは楽ではない。野迫川の標高は800メートルほどあり、平均気温は札幌とほぼ同じ。冬はマイナス10度を越えることもある。農作物も作ればイノシシやサルに盗られる。
「でもここで暮らしてみて、山頭火の句がとても理解できるようになりました」。目線が低く、身近なことをありのままに表現している、そんな山頭火の句は、人の生き方を示唆しているという。
“世の中はウソもマコトもなかりけり 火はあたたかく 水はすずしく“(山頭火)
「ここ野迫川村では火と水がないと生活できない。生命の根源は火と水だとよくわかります。火は上に伸び水は横に広がる、それぞれの特性を生かし、補い合ってこそ初めて産土の力が生まれるような気がします。万物も同じではないかと」。
水彩画にこだわるのもそこにある。「水彩画の色の流れや変わり方は、出そうと思って出る色じゃありません。水と絵の具、紙の微妙なバランスは、火と水の関わりのような気がします」。手がけるのは山頭火の句画書のほか、世界遺産の風景や自由画まで幅広い。包み込むような温かさと新鮮な息遣いが感じられる。
描いていると心が浄化されるという。「色には色霊があり、言葉には言霊があります。そうした目に見えない崇高なものを描いていけたらと思っています」。