古い町並みが残り、観光雑誌にも度々取り上げられる奈良町。その東端、紀寺町に、「奈良町宿 紀寺の家」がある。築およそ100年。老朽化し、この20年ほどは空き家となり朽ちかけていたが、昨年2月に改修され、風情と使い勝手とを両立させた品の良い家によみがえった。
これが、藤岡龍介さんが代表を務める「藤岡建築研究室」の仕事。使える材は使い、昔ながらの風情・空気感も残しながら、現代の生活に合った家に再生させる。
奈良町生まれの奈良町育ち。高校時代に自宅を改装した際、大工仕事を見て建築に興味を持った。大学は近畿大学の建築学科。建築史の研究室に入り、あちらこちらの古刹を調査して回った。
卒業後は東京の大手工務店に就職。著名な設計士の下で施工したり、料亭建築の監督をしたりと様々な仕事に関わったが、やがて物足りなさを感じるようになった。「作っている建物に“らしさ”が無い。この土地、この時代だからこその個性」。そんなある日、長野県を訪れる機会を得た。
松本や塩尻の伝統的家屋を見て、驚いた。まず、屋根。瓦ではなく板を葺いて、石を重しにした長板葺石置。素朴ながら、大地に降り立ったワシのような、独特の力強さがある。それでいて格子は繊細、大扉の引き手には細やかなデザイン。
中山道へ向かえば昔の宿場町の風情があり、建物の形もまったく違う。そこには確かに、その土地ならではの個性がある。そのまま松本で5年、建物の修復に携った後、故郷の奈良に戻った。
大和棟や吉野造。奈良独特の建物の魅力は、東京や長野など外から見て気付いたものだ。奈良だけではない。一口に伝統家屋といっても、その土地の気候や暮らしに合わせたスタイルが各地にある。
奈良で事務所を構えて26年、ずっと伝統家屋再生の取り組みを続けている。「十分使える建物を取り壊し新築ばかりになれば、どの町も、個性の無い、のっぺらぼうのような景観になってしまう」。改修時には建物の魅力を持ち主に伝え、使い勝手や暮らしやすさも追求しながら、昔ながらの風情を生かす。
今取り組んでいるのは「町家・民家再生センター(仮称)」の設立。伝統的な建築文化や技能を継承し、古民家再生の相談窓口となる施設だ。
改修された「紀寺町の家」は、2010年秋から一棟貸しの宿泊施設として開放される。IH調理器や浴室なども整備されており、長期滞在に最適な施設となるはずだ。宿泊者は皆、家屋再生の魅力に気付くに違いない。この考えが全国に広まれば、あらゆる町が個性を取り戻す。日本は、もっと豊かで風情ある国になるに違いない。