「あとは常温で3シーズン待てば、おいしい手前み そ味噌の出来上がりです。うちでも味噌を売っていますが、皆さんが今日作られた味噌のほうが絶対おいしいです(笑)」。家業の味噌・麹醸造と平行して、地元の小学生や婦人会、カルチャー教室などで、手作り味噌の指南に忙しく飛び回るのが嶋田稔さんだ。
唐古・鍵遺跡などの歴史的文化財が残る田原本町で、江戸時代から260年余り続く老舗の嶋田味噌・麹醸造元。19代目の嶋田さんは、大学を卒業後、企業に就職、定年までサラリーマン生活を送る。家業を継がなかったのは、子どもの頃は発酵の独特の臭いが嫌いだったのと、麹を育てるのに土日曜もなく家族の団欒もなかったから。「今はこの匂いが最高! 人生わかりませんな」と笑う。
退職と同時に、周りから「生麹や安心安全な味噌を作ってくれ」「味噌作りを教えて」という声。「偽装が多い時代、1300年の伝統ある調味料、そのほんまもんを次世代につなげたい」との思いが頭をもたげた。幼い頃の見よう見まねの記憶を頼りに、麹作りや味噌作りに励み、先祖に恥じない味にまでこぎつける。同時に「発酵」「麹菌」などの奥深さを実感。それから10余年、国産の米・大豆、赤穂の塩、無添加にこだわり、創業当時からの手ごね製法を守り続ける。8代目茜屋八兵衛の名から付いた「茜八味噌」は、県内の名料理店のほか、他府県へも引っ張りだこだ。「人に会うのが楽しい。高校の恩師に学んだ“遭うて空しく過ぐるものなし”を信条としてますが、全くその通りの人生です」
昨年は約45回の教室、千人に出会った。縁が縁を呼び、室町時代、南都の寺院で用いられたというほ ろ法論味噌(飛鳥味噌)を復活、8年前から春日大社の歳旦祭に奉納している。「保育園児には大豆を足踏みでつぶさせますが、給食で食べるときの顔がいい。障害のある人たちも生き生きとして作る。”ものづくりは原点“ですなぁ」と喜ぶ。
週1回200キロの麹を作る。36度、湿度70〜80%で50時間。暑ければ氷鉢と扇風機を、寒ければ大火鉢に大鍋をかけて麹室内の状態を保つ。その間は寝ずの番だが、“麹の花”が咲き「あと4〜5時間やな」と確信したら寝るという。「翌朝、室の扉を開けたときの香りがワクワクもんです」
時間をかけて天然発酵させた味噌には、酵母菌をはじめ体にいい菌が生きているため、ガン、動脈硬化、脳卒中、老化の予防ほか、疲労回復、美肌作りなど様々な効用があるという。嶋田さんの年齢を感じさせない身のこなしやつやつやした顔がそれを実証する。「昔から “医者に金を払うより、味噌屋に払え”っていう諺があるぐらい。病気しとる暇ないです。教室生の味噌を常時400樽預かっていますし、死ねません」と笑う。「世界遺産認定の和食。発酵食品である味噌、しょうゆ醤油、みりん味醂の3調味料の上に成立します。日本食の伝統文化にもっと誇りを」と熱く語った。