尺八というと枯れた、いぶし銀のような音色で年配の奏者が演奏するイメージだが、教室に集まっているのは小学生、女子大生、主婦や会社員から熟年まで様々。指導者は31歳という若き奏者、泉川獅道さんだ。平成23年、當麻寺中之坊の奏師号を授かり、法要では虚無僧姿で声明と合わせて音楽を捧げる。
泉川さんは、同じく中之坊奏師を任じられた米国人の尺八奏者ジョシュ・スミスさんとデュオ『黒船』を結成しオリジナルCDも出している。現在、父親の看病のため母国に帰ったスミスさんとインターネットでやり取りしながら、3枚目のアルバムを制作中だ。
泉川さんの音楽遍歴は多岐に渡る。3歳からピアノや音楽理論、作曲法、様々な楽器の演奏法を学び、絶対音感を持つ才能の持ち主。小学生で作曲を始め、なんとCD『黒船』の代表作「咲く良」は小学3年生の時作った曲だ。そんな神童も中学時代はロックに目覚め、バンドを結成。高校で洋楽からJ-POPまであらゆる音楽と楽器を経験し、自分の可能性を探した。大学では「新しい音楽が自分を待っている」と、大阪芸術大学で音楽工学を専攻、最先端の電子音響音楽を学んだ。
尺八は大学の授業で湯浅富士山師に出会い、まず合奏を勉強。人生を大きく変えたのが、虚無僧の世界的研究者である志村禅保師の独奏「鶴之巣籠」を聴いた時だ。
「何だこれはと思いました。鶴が飛んできて卵を産んで育てて最後に死ぬまでの情景が目に浮かぶんです」
尺八たった1本でオーケストラに並ぶほどの深さを見せられ、今まで学んだ音楽のすべてがぶち壊された。さらにその夏、短期留学したフランスでも大きな衝撃を受ける。それは、ヨーロッパの人々が自国の音楽の歴史や伝統楽器に非常に詳しく、それを誇りに思っていること。日本の伝統楽器についても彼らの方が詳しかったこと。「君たちはなぜ知らないんだ」という言葉に驚き恥じた。
帰国後、江戸時代、普化禅宗の僧侶・虚無僧が吹く仏教芸術としての尺八について研究を進めた。そして同じ感性で尺八を捉えるスミス氏との出会い。平成22年には2人でCDをひっさげ全国ツアーを開催。同年APEC2010奈良観光大臣会合でも演奏し、『こんなすばらしい音楽は聴いたことがない』と涙を浮かべる米国人女性高官の姿に『僕らには国境を越えてやらないといけない音楽がある』と2人で誓いあった。伝統文化を継承するため虚無僧研究会に所属して、虚無僧姿で各法要や大会にも参加している。
泉川さんの父は吉野川上村の出身、幼少の頃山で遊んだ記憶が心の奥にある。母は秋田の漁港町の出身。山村と漁村の遺伝子を持つ人間が大阪の千里ニュータウンで生まれ育ったというのも面白い。「だからこそ、美しい自然に惹かれ、DNAが目覚めたのかもしれません」
奈良は日本で一番ロマンチックな土地であり、日本人の「美のものさし」を支えている場所だという。「尺八に縁深い奈良の悠久の歴史に挑むことは、日本に生まれた一つの幸せです。僕の演奏が皆さんのものさしになれるよう精進します」